第73話 副主将
再び、投票が行われた。
先ほどとは違い、今度は誰もふざけていなかった。
紙が回収され、
進藤竜也が一枚ずつ、開いていく。
「……六条、三票」
ざわめきが起きる。
「……高橋、三票」
空気が、張り詰める。
「……高柳、三票」
部室は、静まり返った。
全員が、お互いの顔を見ていた。
――同票。
進藤は、監督の九条咲を見た。
「監督……どうしますか」
咲は、しばらく何も言わなかった。
三人を、順に見た。
六条遊人。
高橋雪夜。
高柳龍二郎。
それぞれに、長所がある。
それぞれに、欠けているものもある。
そして――
「……六条」
静かな声だった。
「副キャプテンは、六条遊人にする」
一瞬の沈黙。
そして――
「嫌です!」
六条が、即座に叫んだ。
「お願いですから、違う人にしてください!」
全員が、驚いた。
咲は、落ち着いた声で聞いた。
「なぜだ、六条」
六条は、俯いた。
「僕は……打撃力もないし……」
「統率力もありません」
「自分のことで、精一杯なんです」
その言葉は、本音だった。
咲は、静かに聞いた。
「では、他に誰がいいんだ」
六条は、迷わず答えた。
「高橋雪夜君がいいと思います」
全員の視線が、雪夜に向いた。
咲は言った。
「……高橋。どう思う」
雪夜は、少しだけ考えてから答えた。
「僕は……無理です」
「みんなの個別メニューを考えたり、天宮の投球練習もあります」
「副キャプテンまでやったら、全部が中途半端になります」
咲は、小さく頷いた。
そして、再び六条を見た。
「六条」
「副キャプテンは、すべてを背負う必要はない」
「キャプテンを支えればいい」
「それだけでいい」
六条は、何も言わなかった。
咲は、続けた。
「お前は、自分を過小評価している」
「だが――」
「私は、お前を信じている」
六条の肩が、小さく震えた。
しばらくの沈黙。
そして――
「……分かりました」
小さな声だった。
だが、確かな声だった。
六条は、全員の方を向いた。
「これから……副キャプテンとして、頑張ります」
「よろしくお願いします」
拍手が、起きた。
それは、決して大きな拍手ではなかった。
だが――
温かい拍手だった。
六条は、少しだけ照れたように笑った。
そして――
「と、いうわけで……」
一度、咳払いをした。
「副副キャプテンを決めたいと思います」
一瞬の沈黙。
そして――
「いや、もういいって!」
部室が、笑いに包まれた。
六条も、笑っていた。
その笑顔は――
もう、さっきまでの弱気な少年のものではなかった。
東鶴間野球部は、
新しい体制で、
新しい一歩を踏み出したのだった。




