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第67話 秀一と龍二郎と雪夜

 斉藤秀一に名を呼ばれたのは――


 高柳龍二郎と、高橋雪夜だった。


 二人は黙って、斉藤を見た。


 斉藤はゆっくりと歩み寄り、まず高柳の前で立ち止まった。


「龍二郎君」


 静かな声だった。


「僕のストレート……どうだったかい」


 試すような目だった。


 高柳は、少しだけ口元を歪めた。


「速いですよ」


 素直に認める。


「ただ――」


 一拍、間を置く。


「連続で真ん中にストレートは、さすがに舐められていると思いましたよ」


 周囲の空気が、わずかに張り詰める。


 だが、斉藤は笑った。


「舐めてはいないよ」


 はっきりと言った。


「君ぐらいの打撃力を持っている人を、見たことがなかっただけだよ」


 そして、続ける。


「まあ……それでも、ホームランにされるとは思わなかったけどね」


 その言葉に、嘘はなかった。


 純粋な驚きと、純粋な興味。


 それだけだった。


 そして斉藤は、ゆっくりと視線を横に移した。


 雪夜を見る。


「雪夜君……」


 その声は、先ほどよりもわずかに低かった。


「僕は、君に打たれるとは思わなかったなぁ」


 雪夜は、斉藤をまっすぐ見返した。


「……ストレートを二球続けて投げられたら」


 淡々と言う。


「打てますよ」


 斉藤は首を横に振った。


「いや」


「コースを使って投げたんだから、普通は打てないんだよ」


 雪夜は困ったように、わずかに視線を逸らした。


「そんなこと言われても……」


 斉藤は、くすりと笑った。


「まあ、いいや」


 満足そうだった。


「収穫もあったんでね」


 そして――


 まるで世間話でもするかのように、言った。


「龍二郎君、雪夜君」


「大会が終わったら」


 一瞬だけ、間を置く。


「僕との一打席勝負、受けてもらえないかな」


 周囲が静まり返る。


 それは挑発ではなかった。


 宣戦布告でもなかった。


 ただの――願いだった。


 高柳が先に口を開いた。


「別に、いいですけど……」


 その目には、すでに闘志が宿っていた。


 続いて、雪夜が答える。


「僕は……」


 まっすぐに斉藤を見る。


「いつ、何時、誰の挑戦でも受けますよ」


 その言葉に、斉藤は心から嬉しそうに笑った。


「本当に、約束だよ」


 静かに言う。


「楽しみにしておくから、忘れないでね」


 その約束は――


 まだ、誰にも分からない未来へと続いていた。


 その頃。


 九条姉妹の会話も終わっていた。


 神楽が手を叩く。


「みんな〜、帰りますよ~」


 その一声で、桜桜花ナインは動き出した。


 斉藤は最後にもう一度だけ振り返り――


 高柳と雪夜を見た。


 そして、何も言わずにバスへ乗り込んだ。


 エンジン音が響き、


 桜桜花高校野球部を乗せたバスは、ゆっくりと去っていった。


 静寂が戻る。


 九条咲は、大きく息を吐いた。


「ふう……疲れた……」


 そして、振り返る。


「私たちも帰ろうか」


 誰も反対しなかった。


 東鶴間ナインも、静かにバスへ乗り込む。


 敗北。


 終わった夏。


 そして――


 東鶴間野球部の三年生たちの、最後の大会が終わった。


 だが。


 それは同時に――


 新しい物語の始まりでもあった。

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