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第60話 桜桜花戦、三回裏

 三回裏。

 桜桜花高校の攻撃が始まった。


 七番・度会小人。


 力のない当たりだった。

 三塁前、ボテボテのゴロ。


 進藤竜也は前に出た。

 ――捕れる。


 そう思った瞬間、グラブの先で球を弾いた。


「っ……!」


 慌てて拾い上げ、一塁へ送球。

 だが、間に合わない。


 セーフ。


 進藤は俯いた。


(……やってしまった)


 続く八番・神谷光彦。


 今度も迷いのないスイングだった。


 打球はセンター前へ転がる。


 ランナー一塁、二塁。


 球場の空気が、じわりと変わった。


 九番・立塚尚文。


 ここで、送りバント。


 三塁線にきれいに転がし、きっちり仕事を果たす。


 ワンアウト。

 ランナー二塁、三塁。


 そして――


 一番・小金井一。


 左打席に入った小金井を見て、

 捕手・渡辺貴明は息を詰めた。


(こいつ……今まで全部、セーフティバント)


(この場面なら――スクイズだ)


 座間康太にサインを出す。


 一球目。

 大きく外す。


 小金井は、動かない。


 バントの素振りすら見せなかった。


(……来ない?)


 二球目。

 ストライクゾーン。


 その瞬間、小金井はバントをした。


 打球は、ピッチャー正面。


「取った!」


 座間は素早く拾い、グラブトスで本塁へ――


 だが。


 三塁ランナー・度会が、一瞬、ホームへ飛び出す素振りを見せた。


 フェイント。


 走っていない。


「っ……!」


 渡辺は一瞬、判断を迷った。


 その隙に――


「一塁!」


 慌てて投げる。


 だが、間に合わない。


 セーフ。


 ワンアウト、満塁。


 ベンチがざわついた。


 そして、打席には――


 二番・市原圭一。


 恐怖のカットマン。


 座間と渡辺は、もう冷静ではいられなかった。


 粘られる。

 ボールが続く。


 フォアボール。


 押し出し。


 1点。


 なおも、満塁。


 その時だった。


「タイム!」


 九条咲監督の声が、グラウンドに響いた。


 投手交代。


 座間康太、降板。


 マウンドに上がったのは――佐々木冬次郎。


 だが。


 ベンチも、グラウンドも、分かっていた。


 問題は、投手じゃない。


 そして――


 三番・斉藤秀一。


 ゆっくりと、打席に向かってくる。


 まるで、この状況になるのを

 最初から知っていたかのように。


 スコアは、4対8。


 なおも満塁。

 そして、三番――斉藤秀一。


 その瞬間だった。


 捕手・渡辺貴明は、思わず目を疑った。


「……っ?」


 斉藤は、左打席に立っていた。


「おい、嘘だろ……お前、スイッチヒッターだったのか……?」


 動揺を隠せない渡辺に、斉藤は肩をすくめる。


「いや。もともとは左打ちだったんだよ」


 淡々と。

 まるで、何でもないことのように。


 マウンドの佐々木冬次郎は、喉を鳴らした。

 逃げ場はない。


 初球。

 低めの――フォーク。


 次の瞬間。


 乾いた破裂音が、球場を切り裂いた。


 斉藤のスイングは迷いがなかった。

 鋭く引っ張られた打球は、一直線にライト方向へ――


「……嘘だろ……」


 打球は、フェンスを越えていた。


 満塁ホームラン。


 斉藤はホームベースを踏み、小さく呟いた


 「やっぱり……左のほうが、気持ちいいね」


 佐々木は、マウンドに立ち尽くしていた。

 渡辺は、ただ呆然とボールが飛んだ方向を見つめていた。


 一方で――


「っしゃああああ!」


「さすがだ、秀一!」


 桜桜花高校のベンチは歓喜に沸いた。


 スコアボードが書き換えられる。


 4対12。


 8点差。


 だが、悪夢は終わらない。


 四番・明津仁は三振に倒れ、ようやく二つ目のアウト。

 しかし、五番・秋月小十郎がヒットで出塁。


 続く六番・宮本草太郎の打席で、秋月は悠々と盗塁を決める。

 宮本もヒット。


 一塁、三塁。


 ここまでノーヒットの七番・度会小人に、まさかのフォアボールを与えてしまった。

 ツーアウト、満塁。


 そして八番・神谷光彦。


 センター前。


 タイムリー。


 13点目。


 九番・立塚尚文をようやく打ち取ったものの――


 スコアは、4対13。


 9点差。


 チェンジ。


 ベンチに戻る東鶴間の選手たちは、誰も口を開かなかった。


 四回表。

 東鶴間の攻撃。


 だが、誰もが薄々気づいていた。


(……この試合、もう勝てない)


 声にならない絶望が、

 ベンチを、グラウンドを、静かに覆っていた。

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