第53話 桜桜花高校との出会い
天宮真十郎を欠いたまま、
東鶴間高校野球部は球場に到着していた。
誰も口には出さない。
だが、その名前が胸をよぎらなかった者はいない。
バスを降りたその時だった。
「――あら、咲ちゃん」
聞き覚えのある、柔らかい声。
振り向いた九条咲の前に立っていたのは、
桜桜花高校野球部監督――九条神楽だった。
「久しぶりねぇ。元気にしてた?」
「……姉さん。お久しぶりです」
短く頭を下げる咲に、神楽はくすりと微笑む。
「今日の試合、お手柔らかにお願いね」
「こちらこそ……よろしくお願いします」
丁寧な言葉とは裏腹に、
二人の間には、目に見えない緊張が走っていた。
そのやり取りを横目に、
一人の少年が一歩前に出る。
桜桜花高校野球部――斉藤秀一。
「東鶴間高校のみなさん」
軽い口調。
だが、どこか人を見下ろした響きがあった。
「よく逃げずに来たね。
今日はお手柔らかによろしく……くっくっくっ」
不敵な笑み。
その瞬間、
東鶴間の二年生、三年生の何人かが、無意識に息を詰めた。
「まあ」
斉藤は肩をすくめる。
「今日が三年生の最後の試合になるかもしれないんだ。
せいぜい、楽しむことだね」
それだけ言い残し、
桜桜花高校野球部は、堂々と球場へ向かっていった。
その背中を見送りながら、
東鶴間の面々は、言葉にできない不安に包まれていた。
――天宮がいない。
その事実が、
この試合の重さを、誰よりも理解させていた。
それでも。
試合は、待ってはくれない。
東鶴間高校野球部もまた、
覚悟を胸に、球場の中へと足を踏み入れた。
果たして――
天宮不在のこの戦いは、試合と呼べるものになるのか。
誰もが、答えを持たないままであった。




