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第51話 偵察帰り

 桜桜花高校へ向かう車は、夕暮れの道路を静かに走っていた。


 後部座席には斉藤秀一と若林京子。

 ハンドルを握るのは、桜桜花高校野球部監督――九条神楽だった。


 沈黙を破ったのは、若林だった。


「ねえ、秀一君……さっきの言い方、少しきつくなかったかな」


 斉藤は窓の外を眺めたまま、肩をすくめる。


「天宮君のこと? 仕方ないよ」


 その声は、淡々としていた。


「一年生のうちに無理をすれば、取り返しがつかなくなる。

 ……僕みたいにね」


 若林は一瞬、言葉を失った。


「……そうだったわね。ごめんなさい」


「謝らなくていいよ」


 斉藤は、ふっと笑った。


「僕は今、幸せなんだ。

 強豪校に行かなかったから、今の仲間に出会えた」


「……うん、そうね」


 若林は、静かに頷いた。


 しばらくして、斉藤が低い声で続ける。


「それにさ……みんな、気づいてないんだよ」


「何に?」


「今の僕が――投げられるってことに」


 若林は、少しだけ視線を伏せた。


「……ええ。でも、それは“投げる価値”がある試合だけにしてほしいわ」


 斉藤は、迷いなく答えた。


「あるよ。

 特に――高柳龍二郎君と、高橋雪夜君がいるチームにはね」


「まあ……秀一君がそう言うなら」


 若林は、苦笑する。


 その時、斉藤がさらりと言った。


「次の試合、五回コールドで勝つよ」


「……本気?」


「本気だよ」


 斉藤の目が、鋭く光った。


「天宮君がいない今が、一番の勝機だ。

 ……悪いけど、僕たちには県大会優勝って目標がある」


 ここまで黙っていた九条神楽が、穏やかに口を挟んだ。


「あらあら……秀一君、ずいぶん楽しそうねぇ」


「ええ。だって――」


 斉藤は、素直に笑った。


「高柳龍二郎君と、高橋雪夜君。

 あの二人と、対戦出来るかもしれないんですから」


「気持ちは分かるけど……無理はしないでね」


 神楽の声は優しかったが、その奥には強さがあった。


「あなたは、うちの希望なんだから」


「分かっています」


 斉藤は、まっすぐ前を見た。


「すべては――県大会優勝のためです」


 車はそのまま、桜桜花高校へと向かっていった。


 やがて訪れる戦いを、

 誰よりも冷静に、誰よりも楽しみにしながら。

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