第40話 初勝利の余韻
一回戦を勝利した翌日になっても、
東鶴間高校野球部の空気は、どこか浮き立っていた。
特に二年生と三年生の喜びようは、目に見えて分かる。
無理もなかった。
彼らにとって、それは「初めての勝利」だったのだから。
「先輩たち……ものすごく喜んでいるな」
高柳龍二郎が、少し苦笑しながら言った。
「仕方ないよ。万年一回戦負けだったんだから」
高橋雪夜は、そう答えた。
「それは分かるけどさ。浮かれてると、次は負けるぞ」
「まあ……そうなんだけどね」
二人がそんな会話をしている間も、
部室の中では笑い声が絶えなかった。
その時だった。
部室の扉が、音を立てて開いた。
入ってきたのは、監督の九条咲だった。
「……お前たち、ずいぶん浮かれているようだな」
その一言で、部室の空気が一変する。
笑い声が止み、
全員の視線が、監督に向けられた。
「だがなぁ……」
一拍置いてから、九条は声を張り上げた。
「調子にのるんじゃない!」
思わず、誰かが息を呑む音がした。
「いいか。お前たちの目標は、
一回戦を突破することだけか?」
誰も答えられない。
「違うだろう。このチームで、
一日でも長く、試合をするためだろうが」
九条は、一人ひとりを見渡した。
「そのことを、絶対に忘れるな」
そう言い残して、
九条は部室を後にした。
しばらく、沈黙。
やがて、誰かが小さく呟いた。
「……監督、あんなふうに怒ること、なかったよな」
「本気になった……のかな」
「監督がやる気なら、俺たちも……」
ざわめきが、少しずつ戻ってくる。
その様子を見ていた夏目真衣が、
雪夜の方を見て微笑んだ。
「よかったね、雪夜君。
約束、守られたみたいだね」
「……うん。よかったよ。
監督が、やる気になってくれて」
「約束?」
高柳が、不思議そうに首をかしげた。
「えっと……その……」
雪夜が言葉を濁した、その時。
「雪夜君が監督と約束してたんだよ。
試合に勝ったら、練習を見に来るって」
夏目が、何気なく言った。
「……あっ、夏目さん」
雪夜の制止は、少し遅かった。
次の瞬間、
部室中の視線が、雪夜に突き刺さる。
「おい高橋……」
「お前、とんでもない約束してたんだな」
「負けてたら、どうするつもりだったんだよ」
「この野郎……!」
「ま、待ってください!
勝ったんだから、いいじゃないですか!」
必死に弁明する雪夜。
「……私、余計なこと言ったかな」
夏目が、小さく言うと、
「そんなことないと思うけど……
真衣ちゃんも、知ってたの?」
六条遊人が聞いた。
「……うん」
その瞬間、今度は夏目に視線が集まる。
「まあ……」
「マネージャーには、何も言えないな」
「俺たち、支えてもらってるしな……」
「よし、今回は不問だ」
「……なんか、僕の時と態度が違うんだけど」
雪夜がぼやくと、
「どんまい、高橋」
高柳が肩を叩いた。
こうして、部室の空気は再び和らいだ。
そしてこの日から、
九条咲は本格的に練習の指示を出すようになる。
それは、
東鶴間野球部にとって――
新たな始まりの合図だった。




