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第36話 初陣

 試合開始の号砲は、東鶴間にとってあまりに重かった。


 一回表。

 先発・座間康太は緊張からか、立ち上がりを攻められ、先制点を許す。


 ――またか。


 そんな空気が、ベンチをよぎった。


 だが、一回裏。

 その流れを断ち切ったのは、高柳龍二郎だった。


 鋭い打球が右中間を割り、二塁へ滑り込む。

 スタンドがどよめいた。


「行けるぞ……」


 二番・高橋雪夜、三番・新井元気、四番・天宮真十郎。

 三本のヒットがつながり、東鶴間は一気に2点を奪い返した。


 その瞬間、ベンチの空気が変わった。


 ――やれる。


 だが、相手も同じ“弱小校”。

 ミスとヒットが交錯し、試合は次第に乱打戦へと変わっていく。


 七回終了時点で、スコアは8対9。

 東鶴間が、わずか1点のリード。


 しかし、その代償は大きかった。


 座間、田中、佐々木――

 投手陣は、すでに限界だった。


 八回表。

 マウンドに上がったのは、ショートの六条遊人だった。


 変化球はない。

 ただ、腕を振り切ったストレートだけ。


 それでも、速かった。


「来い……!」


 六条は歯を食いしばり、最後の力を振り絞る。

 打球は内野に収まり、無失点で切り抜けた。


 八回裏。

 東鶴間は執念で2点を追加し、スコアは8対11。


 だが――


 九回表を前に、六条もマウンドを降りた。

 肩で息をし、もう投げられないことは誰の目にも明らかだった。


 ベンチが静まり返る。


 (次は……)


 誰もが思った。


 ――天宮が行く。


 だが。


 マウンドへ向かった影は、違っていた。


「……え?」


 ざわめきが起こる。


 ボールを手にしていたのは、

 二番・セカンド――高橋雪夜だった。


 同時に、守備が動く。

 二塁には高柳龍二郎。

 一塁には佐々木冬次郎。


 まさかの采配に、グラウンドもスタンドも凍りついた。


「高橋が……投げる?」


 誰もが目を疑った。


 その光景を、九条咲監督はベンチの奥から見つめていた。


 ――今だけを勝つためじゃない。

 ――この先を、生き抜くためだ。


 そう言わんばかりに。


 こうして、

 東鶴間高校野球部の一回戦は、

 最も想定外の形で、最終回を迎えることになった。

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