第35話 発表
大会を目前に控えた放課後、東鶴間高校野球部の面々は部室に集められていた。
空気は重く、誰もが無言だった。
その沈黙を破るように、九条咲監督が前に立った。
「では――スターティングメンバーを発表する」
その一言で、部室の空気が一段張り詰めた。
誰が呼ばれるのか。
誰が外れるのか。
それぞれが、胸の奥で息を潜めていた。
「一番、ファースト――高柳龍二郎」
名前を呼ばれた高柳は、わずかに肩を揺らした。
復帰してからの日々、誰よりも振り込んできた。その努力が、ようやく形になった。
「二番、セカンド――高橋雪夜」
雪夜は静かにうなずいた。
二番。つなぎ役。
自分に求められている役割は、よく分かっていた。
「三番、センター――新井元気」
元気は小さく拳を握った。
外野に転向してからの不安も、今日で一区切りだ。
「四番、ライト――天宮真十郎」
一瞬、ざわりと空気が揺れた。
投手ではなく、野手での起用。
天宮は驚きながらも、何も言わず前を見ていた。
「五番、キャッチャー――渡辺貴明」
キャプテンの名に、部室の空気が少し引き締まる。
「六番、レフト――中田大」
「七番、サード――進藤竜也」
「八番、ピッチャー――座間康太」
「九番、ショート――六条遊人」
一人、また一人と名前が呼ばれ、スタメンが埋まっていく。
「控えは、佐々木冬次郎、田中三郎、中山太郎」
それで、発表は終わった。
誰も口を開かなかった。
だが、全員が理解していた。
――これが、今の東鶴間のベストだと。
ただ一つ、誰の心にも引っかかっていたことがあった。
天宮真十郎と、高橋雪夜。
あの練習試合で東栄を抑えた一年バッテリーが、ここにはいない。
九条咲監督は、その理由を語らなかった。
問いかける者も、いなかった。
監督は最後に、短く言った。
「以上だ。あとは……当日を待て」
それだけだった。
そして迎えた、一回戦当日。
不安がないと言えば、嘘になる。
だが、それ以上に――
(今年は、もしかしたら)
そんな思いが、誰の胸にも芽生えていた。
東鶴間高校野球部は、静かな期待と覚悟を胸に、初戦のグラウンドへと向かうのだった。




