第33話 それぞれの決意
佐藤秋一郎の乗ったバスが、ゆっくりと校門を抜けていった。
その姿が完全に見えなくなるまで、高橋雪夜は立ち尽くしていた。
「……あれで、よかったのか」
ぽつりと、隣にいた高柳龍二郎が言った。
雪夜は少し考えてから、静かにうなずいた。
「うん。秋一郎には……元気でいてほしいからさ」
高柳は一瞬、雪夜の横顔を見てから、視線を前に戻した。
「……東栄に、誘われたんだろ」
図星だった。だが、雪夜は隠さなかった。
「うん。でも、僕は……東鶴間のみんなと野球がしたい」
高柳は小さく息を吐いた。
「そうか……」
それだけで、十分だった。
「それにさ」
と雪夜は続ける。
「東栄に行ったところで、僕なんか三年間ベンチ外だよ。肩も弱いし、現実はそんなもんだよ」
「そんなことないよ」
そう言ったのは、夏目真衣だった。
「雪夜君は、うちの戦力だよ。今日の試合で、みんな分かってるよ」
雪夜は少し照れたように笑った。
「はは……ありがとう」
「それにしてもさ」
高柳が肩をすくめる。
「よくあんな球、捕れるな。あれ、人間の投げる球じゃないぞ」
「まあ……何回も捕ってきたからね」
夏目が微笑む。
「さすが、中学時代“最強バッテリー”って言われただけあるね」
「いや……すごかったのは、秋一郎だよ」
雪夜はそう言って、視線をグラウンドに落とした。
「とにかくさ」
新井元気が明るく言った。
「雪夜もうちに残ったし、あとは練習あるのみだね」
「そうだね」
雪夜はうなずいた。
「僕たちは今日、東栄の強さを知った。それと同時に……うちの弱さもね。それが、今日一番の収穫だよ」
その時だった。
「高橋君……いや、高橋」
天宮真十郎が、少しだけためらいながら口を開いた。
「僕のこと、呼び捨てにしてほしい。僕も……高橋って呼ぶから」
雪夜は一瞬、目を瞬かせてから、笑った。
「……分かったよ、天宮」
その瞬間、二人の距離が、ほんの少し縮まった気がした。
「高橋」
天宮は、改めて名前を呼ぶ。
「僕の投球、どうだったかな」
「良かったよ」
雪夜は即答した。
「一年だけだったけど、あの東栄を無失点で抑えたんだ。正直……すごかった」
天宮はほっとしたように息を吐いた。
「それならいいんだ。佐藤みたいに速い球がないから……正直、不安だった」
「比べるものじゃないよ」
雪夜は首を振った。
「秋一郎は……規格外だから」
「……そうだよね」
天宮は小さく笑った。
「それにさ」
雪夜は続けた。
「君が投げる時は、僕が捕手をする。そう約束しただろ」
天宮は、強くうなずいた。
こうして、東鶴間高校と東栄高校の練習試合は終わった。
東栄の強さも、東鶴間の現実も、はっきりと知ることができた。
それだけで――今日は、十分だった。
なお、佐藤秋一郎は副監督の竹村中正にこっぴどく叱られていた。
バスの出発時間を過ぎるまで、雪夜と話し込んでいたからである。
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