第320話 桜桜花高校の三回戦
三回戦が終わり、東鶴間高校は四回戦へ進んだ。
2対8。
結果だけを見れば、快勝に近い。
だが、内容には大きな課題が残っていた。
高橋雪夜の肩が狙われた。
二盗だけではない。
足の速いランナーには、三盗まで決められた。
相手チームは明らかにデータを持っていた。
雪夜の肩が弱いこと。
夏目海のクイックがそれほど速くないこと。
東鶴間高校の弱点を見抜き、そこを突いてきた。
勝った。
しかし、次の試合でも同じことをされる可能性は高い。
だからこそ、東鶴間高校はすぐに対策練習へ入った。
高橋雪夜。
天宮真十郎。
白石広志。
夏目海。
伯方歩夢。
投手陣と捕手で、クイックと牽制の練習を繰り返した。
ただし、海は三回戦を投げたばかりだった。
無理はさせられない。
そのため、海は実際に投げるのではなく、みんなの練習を見ているだけにとどめていた。
海は、自分のクイックが狙われたことを理解していた。
雪夜の肩だけの問題ではない。
投手のクイック。
牽制。
内野手のタッチ。
すべてが関わってくる。
東鶴間高校は、チーム全体でその課題に向き合おうとしていた。
そんな中、野球部の面々は部室に集まっていた。
部室のテレビがついている。
映っているのは、別会場の試合だった。
桜桜花高校の三回戦。
相手は、折星学園高校。
去年の県大会、四回戦まで進出した中堅校。
東鶴間高校の面々は、静かに画面を見つめていた。
監督の九条咲が、部員たちの前に立つ。
「みんな……今日は桜桜花高校の試合を見る」
その名前を聞いただけで、部室の空気が少し変わった。
桜桜花高校。
東鶴間高校にとって、因縁のある強豪校。
一昨年の県大会では、五回コールドで敗れた相手。
そして、咲の姉である九条神楽が監督を務めるチームでもある。
咲は静かに続けた。
「あの時のチームが、どこまで強くなったのか……みんなの目で見てくれ」
部員たちは頷いた。
テレビの画面には、桜桜花高校の選手たちが映っている。
守備につく選手たち。
整った動き。
隙のない雰囲気。
それだけで、ただの強豪校ではないことが伝わってきた。
そして、マウンドには一人の投手が立っていた。
桜桜花高校のエース。
二年生、金村歳郎。
去年、桜桜花高校との練習試合で先発した投手だった。
あの時の試合は、高柳龍二郎が二本のホームランを打った。
結果は引き分け。
東鶴間高校にとっては、桜桜花に食らいついた試合でもあった。
だが、あれから時間が経った。
金村歳郎も、ただ同じ場所に留まっていたわけではない。
練習を重ね、経験を積み、桜桜花高校のエースになっていた。
雪夜は、テレビ画面の中の歳郎を見つめる。
「……あの時とは、違うんだろうね」
誰に向けた言葉でもなかった。
だが、その言葉に高柳龍二郎が反応する。
「ああ。向こうも強くなっているはずだ」
龍二郎は静かに言った。
去年、自分は金村歳郎から二本のホームランを打った。
だが、今も同じように打てる保証はない。
相手も成長している。
それを、龍二郎は分かっていた。
画面には、捕手も映る。
金村好郎。
金村歳郎の双子の弟。
歳郎が投げ、好郎が受ける。
桜桜花高校の双子バッテリーだった。
この二人は、去年の県大会準決勝でもバッテリーを組み、桜桜花高校を勝利へ導いた。
ただの二年生ではない。
すでに大舞台を経験しているバッテリーだった。
雪夜は好郎の構えを見ていた。
捕手としての動き。
ミットの出し方。
投手への返球。
その一つ一つに無駄が少ない。
同じ捕手だからこそ、見えてくるものがあった。
雪夜は小さく息を吐く。
「……すごい捕手だね」
隣で見ていた夏目真衣が頷いた。
「金村好郎君も、かなり評価が高い捕手みたいだよ」
雪夜は画面から目を離さない。
桜桜花高校には、過去に斉藤秀一がいた。
強打者として、中心選手として、誰もが知る存在だった。
だが、それだけではない。
金村歳郎。
金村好郎。
この双子バッテリーもまた、桜桜花高校の強さを支えていた。
テレビの中で、金村歳郎がロージンバッグを手にする。
金村好郎がサインを出す。
歳郎が頷く。
セットポジションに入る。
折星学園高校の一番打者が、打席で構える。
部室の中に、自然と緊張が走った。
これは自分たちの試合ではない。
それでも、東鶴間高校にとっては重要な試合だった。
桜桜花高校が、今どれほど強いのか。
金村歳郎が、どこまで成長したのか。
そして、もし勝ち進んだ先で戦うことになれば、自分たちはこの相手に勝たなければならない。
九条咲は、腕を組んで画面を見つめていた。
姉のチーム。
かつて自分たちを大差で破った強豪。
そして、東鶴間高校が越えなければならない壁。
画面の中で、金村歳郎がゆっくりと足を上げる。
東鶴間高校の面々は、息を呑むようにテレビを見つめていた。
桜桜花高校の三回戦。
その試合が、今まさに始まろうとしていた。




