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319/323

第319話 三回戦、後半

 四回表。


 相手チームの攻撃となった。


 ここまで夏目海は、三回まで相手打線を無安打に抑えていた。


 東鶴間高校は四対零でリードしている。


 試合の流れは、完全に東鶴間にあるように見えた。


 だが、相手チームはここから動いてきた。


 先頭は一番打者。


 マウンドの海は、捕手の高橋雪夜のサインに頷いた。


 初球。


 低めへのストレート。


 球は勢いよくミットへ向かう。


 だが、その瞬間、一番打者はバットを寝かせた。


 セーフティバント。


 雪夜は一瞬、反応が遅れた。


 警戒していなかったわけではない。


 しかし、ここまで打てなかった相手が初球から仕掛けてくるとは、わずかに予想が遅れた。


 打球は三塁方向へ転がる。


 竹田栄司が前へ出た。


 捕球。


 一塁へ送球。


 だが、一番打者の足は速かった。


「セーフ!」


 判定はセーフ。


 相手チームは、先頭打者の出塁に成功した。


 雪夜はマスクの奥で息を吐く。


(……ここから、相手が盗塁を仕掛けてくるかも……)


 そう思った。


 相手チームは、明らかに作戦を変えてきている。


 打てないなら、揺さぶる。


 走ってくる。


 雪夜の肩を狙ってくる。


 二番打者が打席に入る。


 雪夜は海へサインを出した。


 一球外す。


 ランナーのリードは浅い。


 それでも、走ってくる可能性はある。


 海は頷き、高めに外すストレートを投げた。


 その瞬間、一塁ランナーがスタートを切る。


 盗塁。


 雪夜は立ち上がり、素早く二塁へ投げた。


 送球までの動きは悪くない。


 だが、肩が弱い。


 球の勢いが足りない。


 ランナーは余裕を持って二塁へ滑り込んだ。


「セーフ!」


 盗塁成功。


 相手チームのベンチが少しざわめいた。


 相手監督は、静かにその様子を見ていた。


(やはり、肩が弱いのは……本当らしいな)


 雪夜は唇を結んだ。


 分かっていたことだった。


 自分の肩が狙われる。


 それは、試合前から九条咲にも言われていた。


 だからこそ、焦ってはいけない。


 雪夜は二塁ランナーを見る。


(……ここで、三盗を仕掛けてくるな)


 そう読んでいた。


 相手はデータを持っている。


 二盗が成功したなら、次は三盗を狙う。


 海のクイックも、特別に速いわけではない。


 雪夜はもう一度、海へサインを出した。


 ボールになるストレート。


 二球目。


 海が投げる。


 その瞬間、二塁ランナーがスタートを切った。


 三盗。


 雪夜は捕球すると同時に立ち上がった。


 できる限り早く投げる。


 送球は三塁へ向かう。


 竹田栄司がタッチへいく。


 だが、ランナーの足が速かった。


「セーフ!」


 三盗成功。


 竹田は悔しそうにグラブを握った。


 雪夜も、マスクの奥で小さく息を吐く。


 九条咲はベンチからその光景を見ていた。


(やはり……バレていたか)


 雪夜の肩。


 海のクイック。


 竹田のタッチ。


 相手はそこを突いてきた。


 ノーアウト、ランナー三塁。


 雪夜は気持ちを切り替えようとした。


 ここで崩れてはいけない。


 相手の狙い通り、焦って配球を乱せば、さらに失点する。


 三球目。


 雪夜は低めのフォークを要求した。


 海は頷き、腕を振る。


 打者は何とかバットに当てた。


 打球はセカンド方向へ転がる。


 高柳龍二郎が前へ出る。


 捕球。


 一塁へ送球。


 アウト。


 だが、その間に三塁ランナーがホームへ帰った。


 相手チームが一点を返す。


 スコアは1対4。


 東鶴間高校のリードは三点に縮まった。


 雪夜はタイムを取り、マウンドへ向かった。


「海……すまない。三盗を決められてしまって……」


 雪夜はそう言った。


 だが、海はすぐに首を横に振った。


「僕のクイックにも原因があるので、謝らないでください」


 そして、静かに続ける。


「まだ三点差もあります」


 その言葉に、雪夜は少しだけ救われた。


 海は雪夜を責めていない。


 チームも、雪夜だけの責任だとは思っていない。


 雪夜は頷いた。


「うん……ここから抑えよう」


「はい」


 その後、海と雪夜のバッテリーは立て直した。


 三番打者を外角のストレートで打ち取り、四番打者にはフォークを振らせた。


 追加点は許さない。


 四回表は、一失点で終えた。


 スコアは1対4。


 東鶴間高校がまだリードしている。


 しかし、この回で相手チームの狙いははっきりした。


 出塁する。


 走る。


 雪夜の肩を狙う。


 そして、三盗まで仕掛けてくる。


 東鶴間高校にとって、これまでの二試合とは違う試合になっていた。


 それでも、東鶴間高校は崩れなかった。


 その後の攻撃で、打線が点を取り返していく。


 高柳龍二郎が出塁する。


 高橋雪夜がつなぐ。


 新井元気が返す。


 天宮真十郎がチャンスを広げる。


 浮田総二と竹田栄司も打線を切らさない。


 早田士郎は足で揺さぶり、六条遊人も粘って相手投手に球数を投げさせた。


 相手チームも、何とか出塁して盗塁を仕掛けてくる。


 二盗。


 三盗。


 海のクイックと雪夜の肩を狙い、何度も揺さぶってきた。


 そのたびに、雪夜は苦しい思いをした。


 刺せない。


 分かっていても、送球が届かない。


 それでも、雪夜は逃げなかった。


 配球を考え、打者を打ち取り、なるべく出塁させないようにリードを続けた。


 海も粘った。


 走られても、崩れない。


 点を取られても、次の打者に集中する。


 守備陣も声を出し続けた。


 竹田栄司は三塁で、何度も走者を警戒した。


 六条遊人はショートで冷静に打球を処理し、高柳龍二郎はセカンドで守備範囲の広さを見せた。


 東鶴間高校は、揺さぶられながらも踏みとどまった。


 八回裏が終わった時点で、スコアは2対8。


 東鶴間高校が六点をリードしていた。


 そして九回表。


 相手チームの最後の攻撃となった。


 マウンドには、まだ夏目海が立っている。


 ここまで二点を失った。


 盗塁も何度も仕掛けられた。


 だが、海は大きく崩れなかった。


 雪夜も、最後までマスクを被り続けていた。


 ワンアウト。


 そしてツーアウト。


 東鶴間高校は勝利まで、あと一人となった。


 最後の打者が打席に入る。


 雪夜はミットを構える。


 ここで終わらせる。


 海は大きく息を吸い、腕を振った。


 外角へのストレート。


 打者は振った。


 打球はショート方向へ転がる。


 六条遊人が前へ出る。


 捕球。


 一塁へ送球。


 浮田総二がしっかりと捕った。


 アウト。


 試合終了。


 東鶴間高校、三回戦勝利。


 スコアは2対8。


 東鶴間高校は、県大会三回戦を突破した。


 ベンチから声が上がる。


 勝った。


 三年生の最後の夏は、まだ続く。


 だが、雪夜は素直に喜びきれなかった。


 この試合で、何度も盗塁を仕掛けられた。


 二盗だけではない。


 三盗も決められた。


 その結果、点も取られた。


 チームは勝った。


 打線が取り返した。


 海も粘ってくれた。


 それでも、自分の肩が狙われたことは事実だった。


 そして、次の試合でも、相手は盗塁を仕掛けてくる。


 雪夜は、そう思っていた。


 勝利の中に、はっきりとした課題が残った。


 東鶴間高校は三回戦を突破した。


 だが、最後の夏は、ここからさらに厳しくなっていく。

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