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第317話 三回戦、試合前

 三回戦当日。


 東鶴間高校野球部の面々は、球場まで来ていた。


 一回戦、二回戦と七回コールドで勝利した。


 結果だけを見れば、順調に勝ち上がっている。


 だが、三回戦からは相手のレベルも上がってくる。


 ここから先は、これまでのように簡単にはいかないかもしれない。


 ベンチに入った東鶴間高校野球部の面々は、監督の九条咲の前に集まった。


 咲は全員を見渡し、静かに口を開く。


「みんな、今日は三回戦となる」


 部員たちは黙って聞いていた。


「二回戦と違って、相手のレベルも上がってくる」


 その言葉に、ベンチの空気が少し引き締まった。


 勝ち進めば、相手も強くなる。


 それは当然のことだった。


 咲は、今日の先発投手を見る。


「海」


「はい」


「今日の先発は任せるよ。お前の伸びのあるストレートを、相手に見せてこい」


 夏目海は、しっかりと頷いた。


「はい、頑張ります」


 海の表情には緊張があった。


 だが、それ以上に覚悟もあった。


 一回戦は伯方歩夢。


 二回戦は白石広志。


 そして、三回戦は自分。


 天宮真十郎を強豪校との戦いまで温存するためにも、ここで自分が投げなければならない。


 咲は次に、伯方歩夢へ視線を向けた。


「それと……歩夢」


「はい」


「海に何かあったら、いつでもいけるようにしてくれ」


 歩夢は短く返事をした。


「はい」


 一回戦で七回を投げ切った歩夢も、今日は控えとして待機する。


 海が崩れた時。


 あるいは、何かアクシデントが起きた時。


 その時は、自分が投げる。


 歩夢も、その役割を理解していた。


 咲はさらに続ける。


「相手もこちらのデータを取っているだろう」


 その言葉に、部員たちは少しだけ表情を硬くした。


「相手が出塁したら、盗塁を仕掛けてくるだろう」


 そして、咲は高橋雪夜を見る。


「雪夜」


「はい」


「三盗を決められても、焦らないでくれ」


 雪夜は静かに頷いた。


 自分の肩が弱いことは、分かっている。


 相手がそこを狙ってくることも、分かっている。


 二盗。


 三盗。


 揺さぶり。


 それは、これから先の試合で必ず起こるかもしれない問題だった。


 雪夜は落ち着いた声で答える。


「はい。なるべくヒットを打たせないように、リードします」


 咲は頷いた。


「頼んだぞ」


「はい」


 雪夜は短く返事をした。


 肩が弱いなら、盗塁を刺すことだけにこだわらない。


 そもそも出塁させない。


 走らせる前に打ち取る。


 そのために、自分は捕手として配球を組み立てる。


 雪夜はそう考えていた。


 咲は最後に全員を見渡した。


「今日の相手も、二回戦を勝っている」


 部員たちは咲を見る。


「だが、それは我々も同じことだ」


 その言葉に、何人かが小さく頷いた。


 相手も勝ってきた。


 だが、自分たちも勝ってきた。


 弱小と呼ばれていた東鶴間高校は、もうここまで来ている。


「みんな、頑張ってくれ」


 野球部の面々は、声をそろえて返事をした。


「はいっ!」


 そして、試合の時間となった。


 選手たちは守備位置へ向かう。


 マウンドには、夏目海が立った。


 左のオーバーハンド。


 伸びのあるストレート。


 カーブ、フォーク、スクリュー。


 海は、それらを武器に戦う投手だった。


 捕手の高橋雪夜は、マスクを被る前にマウンドへ向かった。


「海」


「はい、雪夜さん」


 雪夜は海の顔を見る。


 緊張はしている。


 それでも、目は落ち着いていた。


「君にとっては初戦のマウンドになるけど……海のストレートで抑えていこう」


 海は静かに頷いた。


「はい、頑張ります」


 そこで海は少しだけ間を置いた。


 そして、雪夜へ言う。


「それと、僕はクイックが上手くないので、三盗を決められても、雪夜さんのせいではないですよ」


 雪夜は一瞬、少し驚いたように海を見た。


 それから、小さく笑った。


「はは……ありがとう、海」


 海の言葉は、雪夜の胸を少し軽くしてくれた。


 肩が弱いこと。


 盗塁を狙われること。


 それは雪夜自身が一番分かっている。


 だが、海はそれを雪夜一人の責任にしなかった。


 投手にも、クイックにも、牽制にも、内野手の動きにも関わる問題だと言ってくれているようだった。


 雪夜はミットを軽く叩く。


「勝てるように、リードをするから」


「はい」


 海は頷いた。


 雪夜はホームへ戻る。


 海はマウンドで大きく息を吸った。


 ベンチでは、九条咲が静かに見守っている。


 伯方歩夢は、いつでもいけるように準備していた。


 白石広志は休養しながらも、試合の流れを見つめている。


 高柳龍二郎、新井元気、天宮真十郎、浮田総二、竹田栄司、早田士郎、六条遊人。


 それぞれが守備位置につき、海の初球を待っていた。


 三回戦。


 相手のレベルは上がる。


 雪夜の肩を狙われる可能性もある。


 それでも、東鶴間高校はここまで勝ち上がってきた。


 最後の夏は、まだ終わらせない。


 夏目海は、ゆっくりと足を上げた。


 そして、三回戦が始まろうとしていた。

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