第315話 二回戦、終盤
七回表。
マウンドには、まだ白石広志が立っていた。
スコアは0対8。
この回を無得点に抑えれば、東鶴間高校の七回コールド勝ちとなる。
捕手の高橋雪夜は、マスクを外してマウンドへ向かった。
「広志、体力はどうかな」
雪夜の問いかけに、白石は落ち着いた表情で答える。
「はい、まだ投げられます」
その声に、強がっている様子はなかった。
もちろん、疲労がないわけではない。
だが、七回を投げ切るだけの力は残っている。
雪夜は白石の顔を見て、静かに頷いた。
「分かった……だが、無理はしないでくれよ」
「はい」
白石は短く返事をした。
雪夜はホームへ戻る。
そして、七回表の攻撃が始まった。
相手高校の打者が打席に入る。
ここまで、相手打線は白石広志と高橋雪夜のバッテリーに抑えられてきた。
白石のストレートは速くない。
球速の最速は125キロ。
打席に入る前なら、打てそうに見える球速だった。
だが、実際には打てない。
内角低めへ正確に投げ込まれるストレート。
外へ逃げるスライダー。
内へ食い込むシュート。
低めに沈むシンカー。
そして、途中までカーブに見える変化球。
四種類の変化球と、変則サイドハンド。
そこに雪夜の読みと配球が加わる。
相手打者は、最後まで的を絞ることができなかった。
一人目。
白石は外角低めのスライダーを引っかけさせた。
打球はサードへ。
竹田栄司がしっかり捕球し、一塁へ送球する。
アウト。
ワンアウト。
二人目。
今度はシュートで詰まらせた。
力のないフライが一塁方向へ上がる。
浮田総二が落ち着いて捕球した。
ツーアウト。
あと一人。
ベンチの空気が少しだけ張り詰める。
白石はロージンバッグに手を伸ばし、指先を整えた。
雪夜はミットを構えながら、最後の打者を見る。
相手打者も、必死だった。
ここで終われば七回コールド負け。
何とか出塁したい。
何とか一矢報いたい。
その気持ちは、打席の立ち姿からも伝わってきた。
だが、雪夜は焦らなかった。
初球。
外角へのストレート。
ストライク。
二球目。
途中までカーブに見える変化球。
打者は反応するが、バットは空を切った。
空振り。
ツーストライク。
追い込んだ。
相手打者はバットを握り直す。
(ストレートか……変化球か……どれなんだ?)
白石の球種は多い。
しかも、球速で押す投手ではないからこそ、打者は余計に考えさせられる。
ストレートなら打てるかもしれない。
だが、変化球なら崩される。
内か、外か。
高めか、低めか。
迷いが、打者の中に生まれていた。
雪夜はサインを出した。
内角低め。
シンカー。
白石は頷いた。
ゆっくりと足を上げる。
そして、腕を振った。
内角低めへ向かう球。
打者は反応した。
バットを出す。
だが、球は沈む。
芯を外された打球は、ショート方向へ転がった。
六条遊人が、正面に入る。
捕球。
送球。
無駄のない動きで、一塁へ投げる。
浮田総二が捕った。
アウト。
試合終了。
東鶴間高校、二回戦を0対8で勝利。
七回コールド勝ちだった。
マウンド上の白石は、大きく息を吐いた。
派手な投球ではない。
剛速球でねじ伏せたわけでもない。
だが、七回を無失点に抑えた。
自分の武器を生かし、雪夜のリードを信じ、最後まで投げ切った。
雪夜はマスクを外し、白石のもとへ向かう。
「広志、よく投げたね」
白石は少しだけ笑った。
「雪夜さんのリードのおかげです」
「広志の制球と変化球があったからだよ」
雪夜はそう言って、白石の肩を軽く叩いた。
ベンチでは、夏目海と伯方歩夢がマウンドを見ていた。
一回戦は伯方歩夢。
二回戦は白石広志。
二人がそれぞれ先発として結果を出した。
その事実を、海は静かに受け止めていた。
すると、監督の九条咲が海の隣へ歩いてきた。
「海」
「はい」
海はすぐに返事をする。
咲はマウンドの白石を見ながら言った。
「次の試合、先発で投げてもらうよ」
海は驚いたように咲を見た。
「えっ……」
一瞬、言葉が出なかった。
だが、すぐに表情を引き締める。
「はいっ!」
その返事には、緊張と覚悟が混じっていた。
二回戦で海を温存したのは、次の三回戦を見据えてのことだった。
県大会は長い。
天宮真十郎を強豪校まで温存するためにも、二年生投手たちの力が必要になる。
伯方歩夢。
白石広志。
そして、夏目海。
東鶴間高校は、少ない人数で投手をつなぎながら勝ち進むしかない。
こうして、東鶴間高校は二回戦を突破した。
最後の夏。
城南ヶ丘と桜桜花へたどり着くための道は、まだ続いていた。




