第31話 雪夜と秋一郎の本音
佐藤秋一郎の誘いに、高橋雪夜はすぐに答えられなかった。
胸の奥で何かがざわつき、それを言葉にするのに時間がかかった。
「……急な話だな」
ようやく、そう絞り出す。
「ずっと考えてたんだ」
佐藤は、迷いのない声で言った。
「僕の理解者は、君しかいない。
もう一度、バッテリーを組みたいんだ……
僕と、やり直してほしい」
「だからって……」
雪夜は、視線を逸らした。
「なんで僕が、そっちに行かなきゃいけないんだよ」
「分かってたんじゃないか?」
佐藤は、静かに言う。
「僕が、今日ここに来た理由」
「無理だよ……」
雪夜は、首を振った。
「僕が強豪校で通用するわけないだろ。
肩も弱いし……僕なんか……」
「凡人共が、気づいてないだけなんだよ!」
佐藤の声が、鋭く響いた。
「本当の君は……すごい捕手なんだ!」
「……秋一郎」
名前を呼ぶだけで、精一杯だった。
「僕の全力の球を捕れるのは、雪夜しかいない。
だから……来てくれ」
「……それでも無理だ」
雪夜は、はっきりと言った。
「現実を見ろよ、秋一郎」
佐藤は、言葉を失った。
「それにさ……」
雪夜は続ける。
「この話、上には伝えてないだろ?」
「……言ってない」
「なら、なおさら無理だ」
雪夜は、自嘲気味に笑った。
「誰が僕の東栄入りを歓迎するんだよ。
秋一郎……お前しかいないだろ」
「それでも……」
佐藤は、食い下がる。
「僕は、君と野球がしたいんだ」
「肩の弱い捕手なんて、どこもいらないんだよ!」
雪夜の声が、震えた。
「これ以上……言わせないでくれ。
惨めになるだけだ……」
「雪夜……」
佐藤の声が、柔らいだ。
「傷つけたかったわけじゃない。
ただ……もう一度、組みたかっただけなんだ」
「分かってる」
雪夜は、静かに答えた。
「でも……行けない。
現実は……こんなもんだよ」
しばらくの沈黙のあと、佐藤が言った。
「……一つだけ、願いを聞いてくれないか」
「……なんだよ」
「僕の全力の球……捕ってほしい」
恐る恐る、そう言った。
「……いいよ」
雪夜は、短く答えた。
「それぐらいなら」
「ありがとう……雪夜」
二人は、それ以上言葉を交わさなかった。
ただ投げ、ただ捕る。
言葉の代わりに、球だけが行き交う。
それが、
かつて最強と呼ばれた二人の、最後の会話だった。
――それでも、別れの時は、確実に近づいていた。




