第301話 練習の日々
県大会が迫っていた。
東鶴間高校野球部の面々は、今日もグラウンドで練習を続けている。
打倒、城南ヶ丘学園高校。
打倒、桜桜花高校。
その想いは、部員たちの中で日に日に強くなっていた。
去年、城南ヶ丘には準々決勝で敗れた。
七回コールド負け。
あの悔しさは、今も消えていない。
桜桜花高校にも、勝たなければならない。
進藤竜也、中山太郎、田中三郎が残していった願い。
来年は、城南ヶ丘と桜桜花に勝ってほしい。
その言葉を叶えるために、雪夜たちは練習を続けてきた。
県大会前には、練習試合も二試合ほど行った。
今の東鶴間高校がどこまで通じるのか。
この戦力で、どう戦えばいいのか。
その確認のための試合だった。
結果だけを見れば、東鶴間高校はなんとか勝利した。
高柳龍二郎の打撃。
天宮真十郎の投球。
高橋雪夜のリード。
新井元気や六条遊人の守備。
一年生から二年生になった選手たちの成長。
それぞれが力を発揮し、勝ち切ることはできた。
だが、問題がなかったわけではない。
選手は十一人しかいない。
控えは二人。
投手は、天宮真十郎、白石広志、夏目海、伯方歩夢の四人。
投手の人数だけを見れば最低限いるように見えるが、県大会を勝ち進むには、決して余裕があるとは言えなかった。
そして、もう一つ。
正捕手となった高橋雪夜の肩の弱さ。
二盗だけではない。
三盗を仕掛けられる危険性がある。
そのために、雪夜は竹田栄司や白石広志と三盗封じの練習を繰り返してきた。
竹田の守備も少しずつ良くなっている。
雪夜も、送球までの速さを少しでも上げようとしている。
それでも、実戦でどこまで通用するのかは分からなかった。
練習試合では、三盗を仕掛けてきた選手はいなかった。
だから、練習の成果を試すことはできなかった。
それは幸運だったのか。
それとも、不安を残したまま県大会に入ることになったのか。
雪夜には、まだ分からなかった。
それでも、時は待ってくれない。
県大会は近づいてくる。
練習できる時間は、少しずつ減っていく。
どれだけ不安があっても。
どれだけ課題が残っていても。
試合の日は、必ず来る。
そして、県大会直前。
東鶴間高校野球部の面々は、部室に集まっていた。
空気は、いつもより少し重かった。
雑談する者は少ない。
誰もが、これから発表されるものを待っていた。
スターティングメンバー。
県大会一回戦の先発オーダー。
それを知っているのは、監督の九条咲だけだった。
高橋雪夜は、静かに椅子に座っていた。
キャプテンとして、表情を崩さないようにしている。
だが、胸の中には緊張があった。
自分は正捕手として出るのか。
天宮真十郎が初戦から投げるのか。
外野には誰が入るのか。
レフトは白石広志か、夏目海か、伯方歩夢か。
竹田栄司は三塁なのか。
それとも、守備を重視して別の形になるのか。
考えようと思えば、いくらでも考えられた。
だが、決めるのは監督である九条咲だった。
高柳龍二郎は腕を組み、黙っていた。
天宮真十郎は、膝の上で拳を握っている。
六条遊人は、落ち着いているように見えて、少しだけ背筋が伸びていた。
新井元気も、いつものような軽口を言わなかった。
浮田総二、白石広志、竹田栄司、夏目海、伯方歩夢、早田士郎も、それぞれ発表を待っていた。
夏目真衣、小山唯、高柳冬美の三人も、マネージャーとして静かに見守っている。
やがて、部室の扉が開いた。
九条咲が入ってくる。
部員たちは、一斉に姿勢を正した。
咲は部員たちを見渡した。
その表情は、いつもより少し引き締まっていた。
「みんな、集まっているね」
誰も返事をしなかった。
だが、全員の視線が咲へ向いていた。
咲はホワイトボードの前に立つ。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「今日は、県大会一回戦のスターティングメンバーを発表する」
その一言で、部室の空気がさらに張り詰めた。
いよいよ始まる。
最後の県大会。
雪夜たち三年生にとって、最後の夏。
進藤たちの願いを背負った大会。
城南ヶ丘と桜桜花に勝つための戦い。
その最初の一歩となるオーダーが、今から発表される。
雪夜は小さく息を吸った。
誰が選ばれても、やることは変わらない。
勝つために戦う。
仲間を信じる。
そして、自分にできることをする。
咲が、ホワイトボードにペンを向ける。
東鶴間高校野球部の県大会一回戦。
そのスターティングメンバー発表が、始まろうとしていた。




