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第299話 遊人と真衣

 こうして、六条遊人は夏目真衣にもう一度告白することを決めた。


 翌日。


 放課後になり、遊人は真衣のもとへ向かった。


 真衣はマネージャーの仕事をしていたが、遊人が近づいてくると少しだけ表情を硬くした。


 昨日から、二人の間にはぎこちなさが残っている。


 それでも、遊人は逃げなかった。


「真衣ちゃん……話があるんだ」


 その言葉に、真衣は少し動揺したように瞬きをした。


「ど……どうしたの、遊人君」


「その……二人きりで話がしたいんだ」


 遊人の声は震えていた。


 けれど、真剣だった。


 真衣はしばらく遊人を見つめてから、小さく頷いた。


「うん……いいよ」


 こうして、遊人と真衣は二人きりで話をすることになった。


 二人は校舎の屋上へ向かった。


 放課後の屋上には、誰もいなかった。


 春の風が静かに吹いている。


 遠くからは、部活動をする生徒たちの声がかすかに聞こえた。


 遊人は手すりの近くで立ち止まる。


 真衣も、その少し隣に立った。


 しばらく沈黙が続いた。


 一昨日までなら、何でもない話をしていたはずだった。


 けれど今は、言葉を選ばないといけない気がしていた。


 やがて、遊人が口を開いた。


「その……言いたいことがあるんだ」


 真衣は遊人を見る。


「言いたいこと?」


「うん……この前のことなんだ」


「この前って?」


 真衣は分かっているようで、あえて聞き返した。


 遊人は一度、深く息を吸う。


 そして、言った。


「その……真衣ちゃんのことが好きって……みんなの前で言ったことだよ」


「あっ……」


 真衣の頬が赤くなる。


 あの時のことを思い出したのだろう。


 野球部のみんなの前で、遊人が自分の名前を叫んだ。


 好きなのは、真衣ちゃんだけだもん。


 あの言葉は、真衣の中にも強く残っていた。


 遊人は少し恥ずかしそうに視線を落とす。


「あの時は、真衣ちゃんに誤解されたくなかったから……勢いで言ったんだ」


「誤解?」


「うん」


 遊人は頷く。


「僕が小山さんのことを好きなのかって……新井に言われた時……真衣ちゃんには誤解されたくなくて……」


 真衣は静かに聞いていた。


 遊人は続ける。


「真衣ちゃんに、僕が小山さんを好きだって思われたくなかったんだ」


「誤解はしていなかったけど……」


 真衣は小さく言った。


 遊人は少し驚いたように顔を上げる。


 だが、すぐに首を横に振った。


「それでも、僕はそう思われたくなかった」


 そして、真衣をまっすぐ見る。


「あの時は勢いで言ってしまったけど……ちゃんとした気持ちを言いたくて……」


 真衣は何も言わなかった。


 ただ、遊人の言葉を待っていた。


 遊人は拳を握った。


 怖い。


 真衣の返事を聞くのは怖い。


 振られたら、今までの関係まで壊れてしまうかもしれない。


 けれど、このまま何もなかったことにはしたくなかった。


 雪夜に言われた言葉を思い出す。


 後悔はしないでほしい。


 遊人は、ゆっくりと口を開いた。


「僕は……昔から、真衣ちゃんのことが……好きです」


 真衣の目が、わずかに揺れた。


「遊人君……」


「この想いは、本当だから……」


 遊人は言葉を続ける。


「ずっと前から、真衣ちゃんのことが好きだったから……」


 それは、昨日の勢いだけではない。


 ずっと胸の奥にあった気持ちだった。


 幼馴染としてそばにいた。


 一緒に帰った。


 野球部でも、真衣が近くにいた。


 当たり前のようにそばにいたからこそ、言えなかった気持ち。


 遊人は、それをようやく言葉にした。


 真衣は、少し震える声で尋ねた。


「……本当に?」


「うん」


 遊人は迷わず頷く。


「こんなこと、嘘で言えないよ」


 その瞬間、真衣の目から涙がこぼれた。


 遊人は驚く。


「真衣ちゃん……」


 真衣は何も言わず、静かに泣いていた。


 悲しい涙ではなかった。


 驚きと、嬉しさと、胸の奥に溜まっていたものが一気にあふれたような涙だった。


 遊人は少し迷いながらも、真衣へ言った。


「だから、真衣ちゃんの返事が聞きたいです」


 真衣は涙を拭いながら、ゆっくりと口を開いた。


「あのね……」


「うん……」


「一年前に、冬美ちゃんと唯ちゃんと監督がいる時に、こう言ったの……」


 遊人は真衣を見る。


「うん……」


 真衣は少し恥ずかしそうに、けれどはっきりと言った。


「結婚するなら、遊人君だと思っていたから……って、言ったの」


 その言葉に、遊人は目を見開いた。


「えっ、本当っ!」


 思わず声が大きくなる。


 真衣は頬を赤くしながら頷いた。


「うん……本当だよ」


 そして、また涙を浮かべる。


「まさか、遊人君に告白されるなんて……思ってもいなかったから……嬉しくて、涙が出ちゃうよ」


 遊人は慌てて言った。


「ごめん、泣かせるようなことを言って」


 真衣は首を横に振る。


「いいの……」


 そして、遊人を見る。


「こうして、遊人君の気持ちを聞けたから」


 その言葉を聞いて、遊人の胸に温かいものが広がった。


 怖かった。


 逃げたかった。


 けれど、言ってよかった。


 ちゃんと伝えてよかった。


 遊人は真衣の前に立ち、背筋を伸ばした。


「真衣ちゃん」


「うん」


「こんな僕でいいなら……恋人になってください」


 そう言って、遊人は頭を下げた。


 そして、右手を差し出した。


 真衣はその手を見つめた。


 少しだけ涙を拭い、ゆっくりと手を伸ばす。


 そして、遊人の手を握った。


「……こちらこそ、お願いします」


 遊人は顔を上げた。


 真衣は泣きながらも、嬉しそうに笑っていた。


 その笑顔を見て、遊人もようやく笑うことができた。


 こうして、六条遊人の告白は成功した。


 一昨日、勢いで叫んでしまった言葉。


 それを、今日はちゃんと自分の意思で伝えることができた。


 六条遊人と夏目真衣。


 幼馴染だった二人は、この日から恋人になった。

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