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第298話 雪夜と遊人の話し合い

 こうして、高橋雪夜と六条遊人の話し合いが始まった。


 グラウンドには、もう二人しか残っていなかった。


 夕方の風が、少し冷たく感じる。


 遊人はしばらく黙っていた。


 何から話せばいいのか、迷っているようだった。


 やがて、遊人は小さく息を吐いた。


「……まあ、何の話かは……分かっているよね」


 雪夜は静かに頷く。


「……真衣さんのことだろう」


「うん」


 遊人は少しだけ視線を落とした。


「そうなんだけど……今日の僕たちを見ていて……どうだったかな」


 雪夜は少し考えてから答えた。


「そうだねぇ……どこか、ぎこちないところがあったよ」


「やっぱり、そうだよね……」


 遊人は肩を落とした。


 分かっていた。


 自分でも、いつも通りではなかった。


 真衣と話そうとすると、言葉が出てこない。


 昨日までなら普通にできていたはずの会話が、急に難しくなっていた。


 雪夜は優しく言う。


「まあ……練習はいつも通りだったけどね」


「練習の時は、昨日のことを忘れられるんだ」


 遊人は自分のグラブを見る。


「でも、真衣ちゃんと話をすると……なんだか緊張しちゃうんだよ……」


「まあ……好きな人に告白したら、緊張するよね」


 雪夜の言葉に、遊人は苦笑した。


「うん……告白してから、なんだかいつもどうしていたのか、分からなくなっているんだ」


「まあ……なんとなく分かるけど……」


 雪夜がそう言うと、遊人は少し意外そうに顔を上げた。


「分かるって……雪夜も誰かに告白したことあるの?」


 その問いに、雪夜は少しだけ黙った。


 そして、静かに答える。


「いや、告白する前に……失恋したよ」


 遊人はすぐに表情を変えた。


「……ごめん……」


「気にしないでよ」


 雪夜は小さく笑う。


「僕には告白する勇気がなかったから、遊人が羨ましく思うよ」


「そうなの?」


「うん」


 雪夜は遠くを見る。


 中学二年生の冬。


 小山唯。


 新井元気。


 自分が何も言えないまま終わった恋。


 今でも、完全に忘れられたわけではない。


 雪夜は静かに言った。


「好きな人に告白できるのは……いいことだと思うよ」


 遊人は黙って聞いていた。


 昨日の自分は、勢いで言ってしまった。


 みんなの前で叫んでしまった。


 かっこいい告白ではなかった。


 けれど、雪夜はそれを羨ましいと言った。


 遊人には、それが少し意外だった。


 だが、すぐに不安が戻ってくる。


「でも……真衣ちゃんが僕のことをどう思っているのか……怖くて聞けないんだ」


 雪夜は、遊人の顔を見る。


「そうか……怖いんだね」


「うん……」


 遊人は小さく頷いた。


「真衣ちゃんに振られたら、怖くて……」


 もし、真衣に恋愛対象として見られていなかったら。


 もし、これから気まずくなってしまったら。


 もし、幼馴染としての関係まで壊れてしまったら。


 そう考えると、足が止まってしまう。


 雪夜は少し考えた。


 そして、静かに口を開く。


「……なあ、遊人」


「なんだい、雪夜」


「そんなに悩むなら、もう一度真衣さんに告白するのはどうかな」


 遊人は驚いて雪夜を見る。


「えっ……もう一度?」


「うん」


 雪夜は頷く。


「今度はみんなの前ではなくて、二人きりの時に告白したらいいのではないかと思うけど……」


「真衣ちゃんに、もう一度……」


 遊人は呟いた。


 昨日の告白は、勢いだった。


 誤解されたくなくて、叫んでしまった。


 気持ちは本当だった。


 けれど、ちゃんと伝えたとは言えない。


 真衣の返事も聞けていない。


 なら、もう一度。


 今度は落ち着いて。


 二人きりで。


 自分の言葉で。


 雪夜は続ける。


「まあ、無理には言わないけどね」


 遊人はしばらく黙った。


 怖い。


 真衣の返事を聞くのは怖い。


 でも、このまま何もなかったようにするのも嫌だった。


 昨日の言葉を、冗談や勢いだけで終わらせたくなかった。


 遊人は顔を上げる。


「雪夜……協力してくれないかな」


「協力って?」


 雪夜が聞き返す。


 遊人は少し緊張しながらも、はっきりと言った。


「明日の放課後……もう一度真衣ちゃんに告白してみるよ」


 雪夜は思わず目を開いた。


「おっ、おお……告白するのか」


「うん」


 遊人は頷く。


「ちゃんと気持ちを伝えたいから……このまま何もなかったことにしたくないんだ」


 その言葉に、雪夜は少しだけ表情を和らげた。


「それはいいと思うけど、協力って何をすればいいのかな」


「野球部の練習に遅れることになるから……」


 遊人は少し申し訳なさそうに言う。


「野球部のみんなに怪しまれないようにしてほしいんだ」


「分かった」


 雪夜はすぐに頷いた。


「それぐらいなら、協力するよ」


「ありがとう、雪夜」


「遊人……健闘を祈るよ」


 雪夜がそう言うと、遊人は少しだけ笑った。


「うん。頑張ってみるよ」


 雪夜は、遊人をまっすぐ見た。


「結果はどうあれ、僕のように……後悔はしないでほしいから」


 その言葉に、遊人は静かに頷いた。


「うん……後悔のないように、努力してみるよ」


「うん」


 雪夜は微笑む。


「頑張れ、遊人」


 こうして、雪夜と遊人の話し合いは終わった。


 遊人がもう一度、真衣に告白する。


 それを知った雪夜は、少しだけ遊人を羨ましく思っていた。


 自分は小山唯に告白できなかった。


 新井元気のことが好きな唯に、気持ちを伝える勇気はなかった。


 告白する前に、終わってしまった。


 だから、遊人には自分のようになってほしくなかった。


 怖くても、言葉にできるなら。


 伝えられるなら。


 その方がきっと、後悔は少ない。


 雪夜はそう思った。


 二人はそれぞれ帰路についた。


 その夜。


 雪夜は自宅に帰り、風呂に入り、夕飯を食べたあと、自室で日記をつけていた。


 今日のことを書く。


 遊人の相談。


 真衣への告白。


 明日、もう一度想いを伝えるという決意。


 雪夜はペンを止める。


 そして、最後に一言だけ書いた。


 遊人、頑張れ。


 それは、キャプテンとしての言葉でもあり、告白できなかった自分からの願いでもあった。

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