第297話 告白、その後
翌日。
東鶴間高校野球部の面々は、今日もグラウンドで練習をしていた。
三年生となった高橋雪夜たちは、残された時間が少なくなっていることを、日に日に実感していた。
今年の県大会が最後になる。
その現実は、練習を重ねるたびに少しずつ重くなっていく。
城南ヶ丘学園高校に勝つ。
桜桜花高校に勝つ。
進藤竜也たちの願いを叶える。
そのために、今日も部員たちは汗を流していた。
六条遊人の守備練習は、相変わらず安定していた。
捕球。
スローイング。
肩の強さ。
守備範囲。
どれを取っても、いつも通りだった。
遊撃手としての遊人は、東鶴間高校野球部の守備の要だった。
だが、ひとつだけ、いつも通りではないものがあった。
夏目真衣と話す時だけ、どこか空気がぎこちなかった。
休憩時間。
真衣が飲み物を持って、遊人のもとへ歩いていく。
「遊人君……練習もいいけど、水分もとってね」
いつものような言葉。
いつものような気遣い。
けれど、その声には少しだけ緊張が混じっていた。
遊人も、真衣の顔を見てから、すぐに視線を逸らす。
「うん……ありがとう、真衣ちゃん……」
そう言って、飲み物を受け取った。
二人の間に、短い沈黙が落ちる。
真衣は何か言おうとしたが、言葉が出てこない。
遊人も、飲み物を持ったまま、何を話せばいいのか分からないようだった。
その様子を見ていた野球部の面々は、同じことを思っていた。
(……どこか、ぎこちないなぁ……)
昨日の出来事を知らない者はいない。
六条遊人が、野球部全員の前で夏目真衣への想いを叫んでしまった。
あまりにも突然の告白だった。
遊人自身も動揺していた。
真衣も頬を赤くしていた。
そして今日。
二人の空気は、明らかに昨日までとは違っていた。
雪夜は、その様子を少し離れた場所から見ていた。
キャプテンとして、何か声をかけるべきなのか。
それとも、礼里が言っていたように放っておくべきなのか。
雪夜には、まだ答えが出ていなかった。
休憩の合間。
遊人と真衣が近くにいない時を見計らい、雪夜は夏目海に声をかけた。
「海」
「はい、雪夜さん」
「昨日の帰り、大丈夫だった?」
海は一瞬で何の話か理解したようだった。
そして、少し困ったように笑う。
「……まあ、大丈夫と言えば大丈夫でしたけど」
「やっぱり、大変だった?」
「はい」
海は小さく頷いた。
「遊人さんと姉さんの会話が、あまり長く続かなかったです」
「そっか……」
「遊人さんが何か言おうとして、言えなくなって、姉さんも何か言おうとして、結局黙ってしまって……」
海は昨日の帰り道を思い出す。
いつもなら、遊人と真衣は普通に話していた。
海はその横で、適当に相槌を打つことが多かった。
だが、昨日は違った。
二人の間に流れる沈黙が、いつもよりもずっと重かった。
「だから、僕がなるべく話をして、沈黙を少なくしていました」
雪夜は思わず苦笑した。
「それは……大変だったね、海」
「まあ……」
海は少しだけ真衣の方を見る。
「遊人さんに告白されたら……動揺しますよね」
「それは、そうだね」
雪夜は腕を組む。
「さて……どうしたものか……」
海は少し考えてから言った。
「そっとしておくしか、ないのではないでしょうか」
「やっぱり、それしかないのかなぁ……」
「これは、遊人さんと姉さんの問題だから、二人で解決するしかないと思います」
海の言葉は落ち着いていた。
弟としては心配している。
けれど、自分が深入りしすぎることではないとも思っているのだろう。
雪夜は小さく息を吐いた。
「しょうがないか……」
海は少しだけ苦笑する。
「まあ、どうにもならなかった時は……僕たちでどうにかするしかないと思いますけど……」
「それはそれで大変そうだね」
「はい」
二人は、しばらく遊人と真衣の方を見ていた。
打開策は見つからなかった。
今は無理に動かない方がいい。
そう判断するしかなかった。
雪夜と海は、それぞれ練習に戻った。
その後も、練習は続いた。
遊人の守備は相変わらず安定していた。
真衣もマネージャーとしての仕事をこなしていた。
ただ、二人が会話する時だけ、ほんの少し空気が変わる。
そのことに、誰もあえて触れなかった。
やがて、練習が終わった。
部員たちは帰り支度を始める。
グラブを片づける者。
バットを運ぶ者。
マネージャーたちも道具の確認をしていた。
雪夜も帰ろうとした。
その時だった。
「雪夜……ちょっといいかな?」
声をかけてきたのは、六条遊人だった。
雪夜は足を止める。
「うん、いいけど」
遊人の表情は、いつもより少し硬かった。
何かを話すために、かなり勇気を出して声をかけてきたのだろう。
雪夜はそれを感じ取った。
部員たちは、少しだけ二人の様子を気にしながらも、先に帰っていった。
真衣も海と一緒に帰ることになった。
真衣は一度だけ遊人の方を見たが、何も言わずに歩き出した。
やがて、グラウンドには雪夜と遊人だけが残った。
夕方の風が、静かに吹いている。
昨日、思わず本音を叫んでしまった遊人。
その本音を聞いてしまった真衣。
そして、どうすればいいのか分からないまま一日を過ごした遊人。
雪夜は、遊人が口を開くのを待った。
こうして、高橋雪夜と六条遊人の話が始まろうとしていた。




