第294話 桐原礼里からの電話
六条遊人の告白を目の当たりにした東鶴間高校野球部の面々は、その後もしばらくどこか落ち着かない空気の中で練習を続けていた。
遊人は途中で走りに行ったあと、なんとか戻ってきた。
だが、夏目真衣とはまともに目を合わせられないでいた。
真衣も真衣で、いつものように明るく振る舞おうとしていたが、時折、遊人の方を見ては頬を赤くしていた。
練習が終わる頃には、部員たちはみな同じことを考えていた。
(ああ……なんだか、気まずそうだなぁ……)
それでも、帰る時間になれば、いつもの形に戻るしかない。
六条遊人。
夏目真衣。
夏目海。
三人はいつも通り、一緒に帰ることになった。
ただし、空気はいつも通りではなかった。
遊人は少し前を歩き、真衣はその後ろを歩く。
海は二人の間に流れる妙な空気を感じ取りながら、何を言えばいいのか分からない様子だった。
高橋雪夜は、その後ろ姿を見送りながら、小さく息を吐いた。
「……大丈夫かな」
誰に向けた言葉でもなかった。
けれど、誰かが返事をすることもなかった。
そのまま、部員たちはそれぞれ帰路についた。
雪夜も自宅へ帰った。
風呂に入り、夕飯を食べ、自室に戻る。
机に向かい、いつものように日記を開いた。
ペンを持ったものの、なかなか書き出せなかった。
(……遊人が、真衣さんに告白か……)
雪夜は今日の出来事を思い返していた。
六条遊人と夏目真衣が幼馴染であることは知っていた。
二人の距離が近いことも、なんとなく分かっていた。
だが、遊人が真衣のことを好きだったとは気づかなかった。
いや、気づこうとしていなかったのかもしれない。
野球部の中で、誰が誰をどう思っているのか。
そこまで深く考えていなかった。
雪夜はペンを止めたまま、しばらく考え込んでいた。
その時だった。
携帯電話が鳴った。
雪夜は少し驚き、机の上に置いていた携帯電話を見る。
画面に表示されていた名前は、桐原礼里だった。
(礼里から……なんだろう)
雪夜は少し不思議に思いながら、通話ボタンを押した。
「もしもし」
電話の向こうから、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「もしもし、礼里だ」
「うん、それは分かっているけど」
雪夜は少し笑う。
「どうしたの」
礼里は少し間を置いてから言った。
「うん……最近どうかなぁ……と思って……」
「最近って……」
雪夜は少し考える。
「野球部のことなら、新入生が一人も入部しなかったぐらいかな」
電話の向こうで、礼里が驚いたように声を上げた。
「えっ、県大会準々決勝まで行ったのに?」
「うん」
雪夜は苦笑した。
「それでもまだ、うちは弱小と見られているんだと思うよ」
「そうか……それは、大変だな」
礼里の声には、少し同情が混じっていた。
雪夜は話題を変えるように尋ねる。
「そっちはどうなの?」
「城南ヶ丘か?」
「うん」
礼里は少しだけ得意そうに答える。
「新入部員は、それなりに入ったから、東鶴間よりはマシかな」
「はは、うらやましいかぎりだね」
雪夜は軽く笑った。
だが、その笑いはいつもより少し弱かった。
電話越しでも、それは礼里に伝わったらしい。
「……それよりも」
「うん?」
「あまり元気がよさそうに聞こえないけど……何かあったのか?」
雪夜は思わず目を丸くした。
「えっ、どうして分かるの?」
礼里は、少しだけ得意げに言った。
「まあ……幼馴染だからな」
その言葉に、雪夜は小さく笑う。
「はは……さすが礼里というか……」
「笑って誤魔化すな」
礼里の声は少し優しかった。
「他に、問題があったのか?」
雪夜は黙った。
問題。
そう言われると、少し違う気もする。
今日起こったことは、野球の問題ではない。
六条遊人が、夏目真衣に想いを口にしてしまったこと。
しかも、野球部全員の前で。
話していいものなのか、雪夜は迷った。
遊人と真衣の名前を出すのは、さすがに悪い気がする。
だが、礼里は幼馴染であり、昔から雪夜のことをよく知っている。
何も話さずにいると、それはそれで心配させるかもしれない。
雪夜は少し考えてから、慎重に話を始めた。




