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第292話 六条遊人の打撃練習

 六条遊人の打撃練習を見ることになった小山唯。


 唯は少し離れた場所から声をかける。


「まずはストレートだけを狙う。よく球を見て打つのがコツだよ」


「球をよく見て……」


 遊人は小さく呟く。


 投手がストレートを投げる。


 遊人はバットを振った。


 ボールには当たった。


 だが、打球は一塁側へ切れていく。


 ファウル。


 遊人は少し悔しそうにバットを握り直す。


 唯は優しく言った。


「そう。まずは当てるところから、だよ」


「まずは、当てる……」


 そこから遊人は、ストレートをバットに当てることを意識して振った。


 最初はファウルが多かった。


 空振りもあった。


 打球が弱く転がることもあった。


 それでも、少しずつボールを見る時間が長くなっていく。


 そして十球目。


 遊人のバットが、ストレートを捉えた。


 打球は二遊間を抜ける。


 ヒット性の当たりだった。


 遊人は思わず声を漏らした。


「あっ……ヒットになった……」


 唯は嬉しそうに頷いた。


「その調子だよ」


 遊人はバットを持ったまま、唯を見る。


「小山さん……僕の打撃、どうだったかな?」


「よかったと思うよ」


 唯は素直に言った。


「ただ、もう少しバットを短く持ってみるとか……かな」


「バットを、短く……」


「うん」


 唯は遊人の手元を見る。


「六条君が粘り打ちとカット打ちを練習しているのは知っているから、バットを短く持ったら、ボールに当てやすくなるかもしれないよ」


「うん……やってみる」


 遊人はバットを少し短く持った。


 その状態で、もう一度打席に立つ。


 投手がストレートを投げる。


 遊人はバットを振った。


 さっきよりも、バットが出やすい。


 空振りが減った。


 ファウルにできる球も増えた。


 そして、十球のうち二本をヒット性の当たりにした。


 唯は笑顔で言った。


「うん、さらによくなっているよ」


 遊人は少し驚いたように自分の手元を見る。


「ありがとう、小山さん……なんだか、感覚が分かってきた」


 だが、すぐに難しい顔になる。


「でも……変化球も対応するとなると……」


 唯は遊人の構えを見ながら、少し考えた。


「六条君、もう少しバットを短く持つとか、どうかな」


「もう少し、短く……」


「うん。そうすると、内角とかの球にも対応しやすくなるよ」


「どのくらい、短くしたらいいかな」


「うんとねぇ……」


 唯は遊人の手元に近づいた。


 そして、バットを握っている遊人の指に軽く触れる。


「このくらいかな」


 唯は位置を示しながら言った。


「小指二本分ぐらいかなぁ……」


 遊人は言われた通りに握りを変える。


 そして、軽く素振りをした。


 さっきよりもバットの操作がしやすい。


 遊人はもう一度振ってみる。


「うん、なんかしっくりくるよ」


 唯は安心したように笑った。


「それなら、よかった」


「これで、打ってみるよ」


 遊人は再び打席に立った。


 ストレートを狙う。


 バットを短く持ち、ボールをよく見る。


 無理に強く振ろうとしない。


 まず当てる。


 そこから振り抜く。


 十球。


 遊人は、そのうち二本をヒット性の当たりにした。


 大きな当たりではない。


 だが、今までよりも確かに良くなっていた。


 遊人は少し嬉しそうに呟く。


「なんか……見つかったかもしれない」


 唯が首を傾げる。


「見つかった?」


「うん」


 遊人はバットを見つめる。


「僕の打撃スタイルが」


 守備で魅せるショート。


 それだけではなく、粘って、当てて、ヒットを狙う。


 バットを短く持ち、相手投手に簡単にアウトを取らせない。


 自分が目指す形が、少しだけ見えた気がした。


 唯は嬉しそうに頷いた。


「うん、なんかよくなっているよ」


「よし、これで続けてみるよ」


 遊人は、さらに打撃練習を続けようとした。


 その時だった。


 グラウンドの向こうから、誰かが走ってくる。


 新井元気だった。


 いつもの明るい表情ではない。


 いつもの軽い足取りでもない。


 顔が、明らかに怖かった。


 遊人はまだ気づいていない。


 唯も、最初は何事か分からなかった。


 だが、離れた場所で様子を見ていた高橋雪夜は、軽く頭を抱えていた。


「……やっぱり来た」


 雪夜の予感は、的中した。


 元気は一直線に、遊人と唯のもとへ向かっていた。

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