第289話 三盗封じ、後半
三盗封じの練習に、今度は白石広志が三塁についた。
同じように、早田が二塁でリードを取る。
天宮真十郎が投げる。
早田士郎が走る。
高橋雪夜が捕って、三塁へ投げる。
広志は送球を受けると、流れるようにタッチへ移った。
捕球からタッチまでの動きが、栄司よりも明らかに滑らかだった。
練習は十回続いた。
結果は、成功六回。
栄司の時より、成功数は増えていた。
栄司はその結果を見て、静かに口を開いた。
「雪夜さん……これで分かったっすよね」
雪夜は黙って栄司を見る。
「広志のほうが、守備はいいってことに……」
部員たちの間に、重い空気が流れた。
栄司は続ける。
「俺を……外野手にコンバートしてください」
雪夜は、すぐには答えなかった。
ただ、栄司の目を見た。
「……理由は?」
栄司は拳を握る。
「俺の守備が、上手くないからっす」
その声には、悔しさがあった。
逃げたいわけではない。
試合に出たくないわけでもない。
むしろ、試合に出たい。
打撃でチームに貢献したい。
だが、自分が三塁にいることで、雪夜の弱肩をさらに苦しくしてしまうのなら。
チームの足を引っ張るのなら。
それなら、自分が外野へ回ったほうがいい。
栄司はそう考えていた。
雪夜は、静かに息を吐いた。
「……分かった」
栄司が顔を上げる。
雪夜は続けた。
「外野の練習もしてくれ」
「雪夜さん、それはちょっと……」
広志が思わず口を挟んだ。
だが、雪夜は広志を手で制した。
そして、栄司をまっすぐ見た。
「だがな、栄司」
「はい」
「うちのサードは栄司だから」
その言葉に、栄司は目を見開いた。
雪夜は続ける。
「外野の練習をするのはいい。チームのために、できることを増やすのは大事だからね」
そして、はっきりと言った。
「でも、三塁を諦めろとは言っていない」
「……雪夜さん……」
「栄司には打撃力がある。だから試合に出てもらわないと困る」
雪夜は三塁ベースを見る。
「それに、三塁の守備だって、まだ上手くなれる。今できないからって、ここで終わりにする必要はないよ」
栄司は何も言えなかった。
自分は、三塁手として失格なのではないかと思っていた。
広志の方が守備は上手い。
それは事実だった。
なら、自分が三塁にこだわる意味はない。
そう思っていた。
けれど、雪夜は違った。
雪夜は、栄司を三塁手として見ていた。
まだ諦めていなかった。
「うちのサードは、栄司だ」
その言葉が、栄司の胸に残った。
「……はい」
栄司は小さく頷いた。
「雪夜さん」
栄司は打撃力があった。
力強い打球を飛ばせる。
試合に出れば、得点に絡める可能性がある。
だが、守備はどうしても苦手だった。
今回の申し出も、それを考えてのことだった。
自分が三塁にいるより、広志が三塁に入った方がいい。
そう思った。
それでも、雪夜は栄司を三塁手と認めていた。
だから、三塁を諦めないでほしい。
それが雪夜の想いだった。
県大会まで、時間がたくさんあるわけではない。
悩みがあっても、練習はしなければならない。
不安があっても、前へ進まなければならない。
雪夜は栄司をサードで使うことを、まだ諦めていなかった。
その後も、三盗封じの練習は続いた。
栄司は何度も三塁についた。
雪夜の送球を受ける。
捕球する。
タッチする。
早田の足は速い。
簡単にはアウトにできない。
それでも、栄司は諦めなかった。
雪夜が言ってくれたからだ。
うちのサードは、栄司だから。
その言葉が、本当は嬉しかった。
自分を外してほしいと言った。
それなのに、雪夜は見捨てなかった。
だから、栄司も三塁を捨てたくないと思った。
広志もまた、そんな栄司を黙って見ていた。
自分が三塁に入った方が守備は安定するかもしれない。
だが、それで栄司が折れてしまうのは違う。
チームにとって本当に必要なのは、誰かを外すことではなく、一人一人ができることを増やすことなのかもしれない。
竹田栄司と白石広志。
どちらが三塁手として起用されるのか。
それはまだ分からない。
だが、少なくとも今は、栄司が三塁を諦める時ではなかった。
弱肩の捕手である雪夜。
守備に悩む三塁手の栄司。
そして、守備の上手い広志。
少人数の東鶴間高校野球部は、限られた戦力の中で最善を探していくしかない。
そのために、今日も練習を続ける。
最後の夏に向けて。
後悔しないために。
東鶴間高校野球部は、また一つ新しい課題と向き合っていた。




