第287話 勧誘、その後
新入生が誰も見学に来なかった東鶴間高校野球部。
そして、監督の九条咲の話が始まろうとしていた。
「みんな」
部員たちは咲を見る。
咲は一人一人の顔を見渡しながら、静かに言った。
「新入部員が来なかったのは痛い」
その言葉は、誤魔化しではなかった。
現実として、痛い。
選手十一人。
控えは二人。
怪我人が出れば、一気に苦しくなる。
投手陣の負担も大きい。
練習の幅も限られる。
それでも、咲は目を逸らさなかった。
「今年の県大会は、この十四人で戦うことになるだろう」
部室の中が、さらに静かになる。
この十四人で戦う。
それは、新入部員が入らない可能性を受け入れる言葉だった。
咲は続ける。
「今年の県大会は、厳しい戦いになる」
誰も否定しなかった。
楽な戦いになるはずがない。
城南ヶ丘学園高校。
桜桜花高校。
倒さなければならない相手は、どちらも強豪だ。
そのうえ、東鶴間は少人数で戦わなければならない。
だが、咲ははっきりと言った。
「だが、最初から負けるつもりはない」
その言葉に、雪夜は顔を上げた。
咲の目は、真剣だった。
「後悔しないように、練習を続けてくれ」
部員たちは一斉に返事をした。
「はいっ!」
その声は、部室に響いた。
新入部員が来ない。
その現実は重い。
だが、それでも練習をしない理由にはならない。
雪夜は立ち上がった。
「じゃあ、練習に戻ろう」
部員たちは頷き、部室を出ていく。
グラウンドに戻ると、春の風が吹いていた。
新しい季節。
新しい学年。
けれど、野球部の人数は変わらない。
練習が再開される。
天宮真十郎がマウンドに立つ。
高橋雪夜がミットを構える。
高柳龍二郎はバットを振る。
新井元気は打撃練習へ向かう。
六条遊人は守備練習を始める。
浮田総二、白石広志、竹田栄司、夏目海、伯方歩夢、早田士郎も、それぞれの練習に取り組む。
夏目真衣、小山唯、高柳冬美はマネージャーとして練習を支えている。
いつもと変わらない光景。
けれど、そこには少しだけ不安も混じっていた。
この人数で本当に最後の夏を戦えるのか。
怪我人が出たらどうするのか。
強豪校相手に、控えの少なさは弱点になるのではないか。
そう考えてしまう者もいた。
しかし、別の考え方もあった。
十四人だからこそ、結束できる。
誰か一人が欠けても苦しいからこそ、一人一人が自分の役割を果たそうとする。
新しい誰かに頼るのではなく、今いる仲間たちで強くなる。
それは、不安であると同時に、東鶴間らしい戦い方なのかもしれなかった。
雪夜はミットを構えながら、仲間たちを見た。
選手十一人。
マネージャー三人。
この十四人で戦う。
それが現実なら、受け入れるしかない。
そして、受け入れたうえで勝つ方法を考える。
それがキャプテンである自分の役目だった。
四月は、少しずつ終わりへ近づいていった。
その間も、野球部に新しい部員が来ることはなかった。
見学者もいない。
入部届も出されない。
そして、四月が終わろうとしていた。
東鶴間高校野球部に入部する者は、いなかった。
今年の夏。
東鶴間高校野球部は、この十四人で戦うことになった。
不安はある。
厳しさもある。
それでも、目標は変わらない。
城南ヶ丘に勝つ。
桜桜花に勝つ。
進藤たちの願いを叶える。
そのために、東鶴間高校野球部は今日も練習を続けていく。




