第286話 勧誘の結果
入学式が終わっても、東鶴間高校野球部のやることは変わらなかった。
今日もグラウンドで練習を続ける。
走る。
投げる。
打つ。
守る。
城南ヶ丘学園高校に勝つために。
桜桜花高校に勝つために。
そして、最後の夏で後悔しないために。
だが、学校全体は新しい季節の空気に包まれていた。
新入生が入学し、各部活動では勧誘活動が始まっている。
運動部も文化部も、それぞれが新入部員を迎えようと声をかけていた。
東鶴間高校野球部も、もちろん勧誘活動をした。
人数に余裕があるわけではない。
選手は十一人。
マネージャーは三人。
合計十四人。
この人数で県大会を戦うには、不安がないと言えば嘘になる。
新入部員が入ってくれれば、それだけチームの選択肢は増える。
だから、雪夜たちも新入生に声をかけた。
しかし、それから数日が経っても、野球部の練習に一年生が来ることはなかった。
他の部活には、見学に来る新入生がいた。
入部届を出す者もいた。
グラウンドの別の場所では、先輩に案内されながら練習を見る新入生の姿もある。
だが、野球部の見学には誰も来なかった。
その状況に、東鶴間高校野球部の面々は部室で話し合うことになった。
高橋雪夜は、少し困ったように口を開いた。
「なんか……一年生が見学に来ないね」
その言葉に、六条遊人も頷く。
「本当だね……去年は県大会準々決勝まで行ったのに……」
万年一回戦負けだった頃とは違う。
一昨年は四回戦。
去年は準々決勝。
確かに、東鶴間高校野球部は前に進んでいる。
それなのに、新入生は来ない。
部室に重たい沈黙が落ちかけた時、マネージャーの夏目真衣が少し言いづらそうに手を上げた。
「みんな……実は、野球部の話を聞きに来た人は、何人かいたの」
遊人がすぐに顔を上げる。
「本当かい、真衣ちゃん」
「うん」
真衣は頷いた。
だが、その表情は明るくなかった。
「野球部に入部したら、即レギュラーになれるか、聞かれたの」
「レギュラーを希望する人か……」
遊人は少し複雑そうに呟いた。
真衣は続ける。
「でも、投手は天宮君、捕手は雪夜君、一塁は浮田君、二塁は龍二郎君、三塁は竹田君、遊撃は遊人君、レフトは基本的に白石君、センターは早田君、ライトは新井君が決まっているし、投手の控えには海と歩夢君がいるから……」
真衣は申し訳なさそうに目を伏せる。
「即レギュラーは無理だよって言っちゃったの」
それは正直な答えだった。
今の東鶴間高校野球部は、人数こそ少ない。
しかし、レギュラーが空いているわけではない。
新一年生が入ったからといって、すぐに試合に出られるほど甘くはなかった。
遊人は慎重に尋ねる。
「それで……どうだったの?」
真衣は少しだけ唇を噛んだ。
「弱小なのに、レギュラーになれないなら……って言われたの」
その言葉に、部室の空気が止まった。
高柳龍二郎が、低い声で呟く。
「なんか、うちの野球部は舐められているのか」
怒鳴るような言い方ではなかった。
だが、龍二郎の言葉には静かな怒りがあった。
弱小。
そう言われてきた過去はある。
だが、今の東鶴間は、ただの弱小ではない。
それでも外から見れば、まだそう見られているのかもしれない。
真衣はさらに続けた。
「他にも、通学が不便とか、野球部の人気がないとか、人数が少ないから怪我人が出たら試合ができないとか……いろいろ言われたの」
遊人は、少し悲しそうな顔をした。
「そっか……そんなひどいことを言われたんだね」
「うん……」
真衣は小さく頷いた。
「それに、野球がしたいなら、せめて中堅クラスの学校に行くと思うから……」
「他の高校に、持っていかれたってことだね」
「うん……そうなるかも」
それは、誰か一人が悪いわけではなかった。
東鶴間高校は、通いやすい場所にあるわけではない。
野球部も、人気のある強豪校ではない。
人数も少ない。
県大会準々決勝まで進んだとはいえ、最後は城南ヶ丘に七回コールドで敗れている。
新入生やその周囲から見れば、不安に思う材料はいくつもあった。
即レギュラーを求める者からすれば、今の東鶴間は魅力的ではないのかもしれない。
強豪校で野球をしたい者から見れば、東鶴間は選択肢に入らないのかもしれない。
雪夜は静かに話を聞いていた。
悔しくないわけではない。
けれど、真衣を責める気にはなれなかった。
真衣は正直に説明しただけだ。
そして、即レギュラーを約束してまで新入部員を集めることは、今いる部員たちにも、新しく入るかもしれない一年生にも失礼だった。
その時、監督の九条咲が口を開こうとした。




