第283話 進藤、中山、田中の卒業式
東鶴間高校野球部の練習は、今日も続いていた。
伯方歩夢の悩み。
早田士郎の悩み。
それぞれが、自分の中に抱えているものはあった。
それでも、立ち止まっているわけではない。
歩夢はシンカー習得のために、投げられない時間も無駄にしないよう、走り込みやフォーム確認、配球の勉強を続けていた。
早田は足を武器にするために、バント練習と盗塁練習を続けていた。
他の部員たちも、それぞれの課題に向き合っている。
少しでも強くなるために。
少しでも、城南ヶ丘と桜桜花に近づくために。
そして、少しでも長く、この仲間たちと野球をするために。
季節は、少しずつ春へ向かっていた。
冷たい風の中にも、どこか柔らかさが混じり始めている。
グラウンドの土も、冬とは少し違う匂いがした。
それでも、野球部の練習は何も変わらない。
走る。
投げる。
打つ。
守る。
声を出す。
昨日よりも少しでも上手くなるために、今日も練習を続ける。
ただ、春が近づくということは、別れの時も近づくということだった。
卒業式。
その日が、迫っていた。
東鶴間高校野球部にとっても、避けられない別れがあった。
元キャプテン、進藤竜也。
正捕手、中山太郎。
先発投手、田中三郎。
三人の卒業が、近づいていた。
去年の夏まで、同じグラウンドにいた三人。
県大会準々決勝で、城南ヶ丘学園高校と戦った三人。
七回コールドで負け、涙を流し、それでも後輩たちに願いを託した三人。
その三人が、もうすぐ東鶴間高校を去る。
頭では分かっていた。
卒業することも。
もう野球部には戻ってこないことも。
それでも、実感はなかなか湧かなかった。
そして、卒業式当日。
体育館には、卒業生たちが並んでいた。
野球部の一年生と二年生は、その中にいる進藤、中山、田中の姿を見ていた。
制服姿の三人。
いつものユニフォームではない。
グラウンドで泥にまみれていた姿でもない。
それだけで、どこか遠くに行ってしまうように感じた。
高橋雪夜は、進藤の背中を見ていた。
本当に卒業するんだ。
そう思った。
進藤竜也。
東鶴間高校野球部をまとめてきたキャプテン。
自分に、次のキャプテンとしての想いを託してくれた人。
中山太郎。
最後まで正捕手としてマスクを被った人。
城南ヶ丘戦で苦しみながらも、逃げずに投手を支え続けた人。
田中三郎。
先発投手としてマウンドに立ち、中山と最後までバッテリーを組んだ人。
あの三人が、この学校を去る。
野球部で共に戦った者が、もう東鶴間高校の生徒ではなくなる。
そのことが、雪夜には少し悲しかった。
龍二郎も、黙って三人を見ていた。
元気も、いつものような軽い言葉を口にしなかった。
遊人は、進藤の姿を見つめながら、どこか寂しそうにしていた。
真十郎も、何も言わずに前を向いていた。
一年生たちも、三人の卒業を静かに受け止めていた。
自分たちが入部した時、すでに三年生だった先輩たち。
短い時間だった。
それでも、確かに同じチームだった。
同じユニフォームを着て、同じ目標へ向かっていた。
卒業式は進んでいく。
名前が呼ばれる。
返事が響く。
卒業証書が渡される。
校歌が流れる。
式辞が終わる。
拍手が起こる。
ひとつひとつの流れが進むたびに、三年生との別れが近づいていった。
やがて、卒業式は終わった。
卒業生たちは体育館を出ていく。
在校生たちは、その背中を拍手で見送った。
雪夜はその中で、進藤たちの姿を目で追っていた。
これで終わりではない。
まだ、野球部としての別れが残っている。
そう思っていた。
そして、その後。
野球部のグラウンドに、一年生と二年生が集まっていた。
九条咲も、マネージャーたちもそこにいた。
春の気配を含んだ風が、グラウンドを通り抜ける。
しばらくして、三人が姿を見せた。
進藤竜也。
中山太郎。
田中三郎。
卒業式を終えた三人は、ゆっくりとグラウンドへ入ってきた。
部員たちは自然と姿勢を正した。
進藤は、懐かしそうにグラウンドを見渡した。
中山は少し照れくさそうに笑っていた。
田中は、何かをこらえるように空を見上げた。
三人にとって、このグラウンドは特別な場所だった。
弱小と呼ばれた野球部で、それでも野球を続けた場所。
負けて、悔しがって、笑って、泣いて。
最後の夏を過ごした場所。
進藤たちは、野球部の前に立った。
咲が静かに頷く。
進藤は一歩前に出た。
その姿を見た瞬間、雪夜は胸が少し詰まった。
これが、本当に最後なのだと思った。
元キャプテン、進藤竜也。
彼の最後の話が、今まさに始まろうとしていた。




