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第277話 伯方歩夢の悩み

 高橋雪夜との練習を通して、早田士郎は少しずつ前に進もうとしていた。


 バント練習。


 盗塁練習。


 足の速さを、ただの特徴ではなく、武器にするための練習。


 早田は失敗しながらも、雪夜の指導を受けて、自分にできることを増やそうとしていた。


 そんな二人の姿を、少し離れた場所から見ている者がいた。


 伯方歩夢だった。


 歩夢は、雪夜と早田の練習を見つめながら、胸の中で呟く。


(私も……雪夜さんに相談したほうが……いいのかな)


 歩夢にも、悩みがあった。


 県大会準々決勝。


 城南ヶ丘学園高校戦。


 東鶴間高校は、5対12で七回コールド負けを喫した。


 その試合の最後にマウンドに立っていたのは、伯方歩夢だった。


 2イニングで3失点。


 そして、七回裏。


 花枝正臣に左中間へ運ばれ、試合が終わった。


 歩夢は、あの日のことを今でも忘れられなかった。


 自分には高速スライダーがある。


 スローカーブもある。


 緩急をつけた投球ができる。


 そう思っていた。


 だが、城南ヶ丘には通用しなかった。


 3失点。


 七回コールド。


 自分が投げている時に、試合は終わった。


(私の投球じゃ……足りなかった……)


 歩夢は唇を噛む。


 もちろん、雪夜は言ってくれた。


 歩夢はよくやったよ、と。


 その言葉は嬉しかった。


 救われた部分もあった。


 けれど、悔しさは消えなかった。


 そして、冬になった今、その悔しさは別の形で歩夢の中に残っていた。


(このままで……いいのかな)


 東鶴間の投手陣を見れば、それぞれに特徴がある。


 天宮真十郎は、スライダー、フォーク、シュートを投げられる。


 140キロの速球を持つ、東鶴間のエース。


 夏目海は、カーブ、フォーク、スクリューを投げられる。


 伸びのある直球を持つ左腕。


 白石広志は、スライダー、シンカー、シュートを投げる右のサイドハンド。


 さらに、途中までカーブに見える謎の変化球まで持っている。


 みんな、三種類か四種類ほどの変化球を投げられる。


 それに比べて、自分はどうか。


 高速スライダー。


 スローカーブ。


 持ち球は二種類。


 緩急は使える。


 だが、二種類だけで強豪校に通用するのか。


 城南ヶ丘に打たれた時の記憶が、歩夢の不安を大きくしていた。


(二種類では……もう限界なのかもしれない……)


 新しい変化球を習得する。


 歩夢の中には、その考えがあった。


 だが、何を覚えればいいのか分からなかった。


 フォークを習得するなら、天宮真十郎か夏目海に聞くのがいいかもしれない。


 けれど、フォークを投げられる投手が三人になっても、それが本当に自分の武器になるのか。


 そう考えると、迷いが生まれる。


 シンカーを習得するなら、白石広志に聞くのがいいかもしれない。


 だが、白石は右投げのサイドハンド。


 歩夢はオーバースロー。


 投げ方の構造が違う。


 同じように教わっても、自分に合うとは限らない。


 シュートを習得するなら、やはり天宮に聞くのがいいかもしれない。


 だが、高速スライダーとスローカーブにシュートを加えたところで、どんな組み立てになるのか。


 相性がいいのか。


 強豪校に通用するのか。


 考えれば考えるほど、分からなくなっていった。


 正捕手になるかもしれない高橋雪夜に相談する。


 その選択肢も、当然あった。


 雪夜なら、捕手としての視点から助言してくれるかもしれない。


 自分に必要な変化球を考えてくれるかもしれない。


 だが、歩夢はすぐには相談できなかった。


 雪夜はキャプテンだった。


 チーム全体を見ている。


 早田の練習も見ている。


 投手陣の球も受けている。


 自分の捕手練習や打撃練習もしなければならない。


 その雪夜に、これ以上負担をかけてもいいのだろうか。


(雪夜さんに相談したら……きっと真剣に考えてくれる)


 それは分かっていた。


 だからこそ、簡単には頼れなかった。


 歩夢は悩みに悩んだ。


 そして、その日の練習が終わり、自宅へ帰ってから、ある人物に話をすることにした。


 双子の兄。


 伯方広夢。


 広夢は桜桜花高校に進学していた。


 そして、野球部では三番手投手として、桜桜花高校の県大会準優勝に貢献していた。


 同じ投手。


 同じ双子。


 だが、所属している高校は違う。


 東鶴間高校と桜桜花高校。


 来年、戦う可能性のある相手でもある。


 違うチームの人間に相談してもいいのだろうか。


 それも、歩夢は迷った。


 けれど、広夢は兄だった。


 自分のことを昔から知っている。


 投手としての自分も、性格も、悩みやすいところも知っている。


 雪夜に相談する前に、まず兄に話してみよう。


 歩夢はそう決めた。


 夜。


 広夢が自宅へ帰ってきた。


 玄関の音がして、歩夢は顔を上げる。


 胸の中には、まだ迷いがあった。


 それでも、このまま一人で悩み続けるよりはいい。


 歩夢は立ち上がった。


 自分には、新しい変化球が必要なのか。


 必要だとしたら、何を覚えるべきなのか。


 その答えを探すために。


 伯方歩夢と伯方広夢。


 双子の兄弟の話が、今まさに始まろうとしていた。

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