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第273 話 早田士郎の悩み

 一ノ瀬京次郎が東鶴間高校に来てから、野球部の面々は以前にも増して練習に励むようになっていた。


 世代ナンバー2。


 全国ベスト4。


 スライダーマン、一ノ瀬京次郎。


 その球を間近で見たことは、東鶴間高校野球部にとって大きな刺激となっていた。


 年が明けても、やるべきことは変わらない。


 打倒、城南ヶ丘。


 打倒、桜桜花。


 その目標へ向かって、部員たちは今日もグラウンドで練習していた。


 高柳龍二郎は、黙々とバットを振っている。


 天宮真十郎は、エースとしてさらに投球に磨きをかけようとしている。


 新井元気は、三番打者として強い投手を打ち崩すために打撃練習を続けている。


 六条遊人は、守備だけでなく粘り打ちやカット打ちを自分のものにしようとしている。


 一年生たちも、それぞれ課題に向き合っていた。


 浮田総二は、当てるだけではなくヒットにする打撃を目指している。


 白石広志は、投手としても野手としてもチームを助けるために練習している。


 竹田栄司は、試合に出るために苦手な守備を克服しようとしている。


 夏目海は、伸びのある速球をさらに磨こうとしている。


 伯方歩夢は、緩急を使った投球で強豪校に通用する投手になろうとしている。


 みんなが、それぞれの長所を伸ばし、短所と向き合っていた。


 だが、その中で一人、悩みを抱えている選手がいた。


 一年生の早田士郎だった。


 早田はグラウンドの端で、走塁練習を終えたあと、仲間たちの姿を見ていた。


(みんな……やる気になっているなぁ……)


 その視線の先には、必死に練習する仲間たちがいる。


 京次郎の訪問によって、東鶴間高校野球部全体がさらに前を向いていた。


 けれど、早田の胸には、少し重いものがあった。


(俺とは違って……)


 早田には、足がある。


 足の速さなら、自分にも武器があると思っていた。


 だが、裏を返せば、それしかないのではないか。


 そう考えるようになっていた。


 高柳龍二郎は、肩以外なら高校トップクラスの選手だった。


 打撃力、守備力、走力、野球センス。


 どれを取っても、東鶴間の中で別格だった。


 天宮真十郎は、140キロの速球を投げられる東鶴間のエースだった。


 来年の夏、チームの命運を背負って投げる投手になる。


 新井元気は、ミート能力と守備能力が高い。


 明るい性格でチームを盛り上げることもできる。


 六条遊人は、肩と守備なら高校トップクラスだった。


 打撃に悩んでいるとはいえ、ショートとしての存在感は大きい。


 そして、高橋雪夜。


 肩は弱い。


 だが、配球、リード、読み、守備能力。


 捕手として必要なものを、高い次元で持っている。


 京次郎のスライダーを二年ぶりに、それも初見に近い形で受けられるほどの捕手だった。


 一年生にも、個性のある選手がそろっている。


 浮田総二には、ミート能力がある。


 白石広志は投手でありながら、守備能力も高く、複数のポジションを守れる。


 竹田栄司は、打撃力が高い。


 夏目海には、伸びのある速球がある。


 伯方歩夢は、緩急をつけた投球ができる。


 では、自分には何があるのか。


 早田は、自分の手を見つめた。


(足以外……何もない……)


 そう思ってしまった。


 自分は足が速い。


 それは確かだ。


 だが、打撃が特別優れているわけではない。


 守備が抜群にうまいわけでもない。


 肩が強いわけでもない。


 投手ができるわけでもない。


 チームを盛り上げる元気のような明るさもない。


 守備で存在感を出す遊人のような力もない。


 強打の龍二郎や竹田のように、打席に立っただけで相手に警戒されるわけでもない。


 早田は、目立たない選手だった。


 そのことも、悩みになっていた。


 東鶴間高校野球部には、個性豊かな選手が多い。


 だからこそ、自分の存在が薄く感じられた。


 試合に出たい。


 チームの力になりたい。


 そう思っている。


 だが、今の自分に何ができるのか。


 足が速いだけで、本当に試合に出られるのか。


 足だけで、城南ヶ丘や桜桜花に通用するのか。


 考えれば考えるほど、不安になった。


 練習が終わったあとも、早田の胸の中にその悩みは残り続けた。


 誰に相談すればいいのか。


 最初は、分からなかった。


 けれど、早田の頭に浮かんだのは、一人の先輩だった。


 高橋雪夜。


 キャプテンであり、捕手であり、東鶴間高校野球部をよく見ている人。


 雪夜なら、自分のことも見てくれているかもしれない。


 自分では分からない何かを、教えてくれるかもしれない。


 早田はしばらく迷った。


 こんなことを相談していいのだろうか。


 足しかないなんて言ったら、情けないと思われるのではないか。


 そんな不安もあった。


 だが、このまま一人で悩んでいても変わらない。


 早田は拳を握った。


 そして、練習後のグラウンドで、雪夜の姿を探した。


 自分には何があるのか。


 足以外に、何を身につければいいのか。


 その答えを知るために。


 早田士郎は、高橋雪夜に相談することを決めた。

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