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第267話 一ノ瀬京次郎対高柳龍二郎

 一ノ瀬京次郎と高柳龍二郎。


 二人の勝負が決まった。


 マウンドには、呉稲見高校のエース、一ノ瀬京次郎。


 全国大会ベスト4。


 世代ナンバー2。


 スライダーマンと呼ばれる投手。


 そして、その球を受けるのは高橋雪夜。


 かつて京次郎とバッテリーを組んでいた捕手であり、今は東鶴間高校野球部のキャプテンだった。


 打席には、高柳龍二郎。


 東鶴間高校最強打者。


 雪夜の親友。


 京次郎が勝負を望んだ相手だった。


 雪夜はマスク越しに京次郎を見た。


「京次郎……十球勝負と一打席勝負のどちらにしようか」


 京次郎は少し考え、口元を緩めた。


「そうじゃな……十球勝負がいいのう」


 雪夜は打席の龍二郎へ視線を向ける。


「龍二郎は、どうかな」


 龍二郎はバットを肩に乗せたまま、静かに答えた。


「俺も、十球勝負でいい」


 そして、マウンドの京次郎を見る。


「せっかく来てもらったんだ……一打席じゃもったいないだろう」


「なら、決まりだね」


 雪夜は頷いた。


 こうして、十球勝負が決まった。


 東鶴間高校野球部の面々は、グラウンドの周囲で息を呑んで見守っていた。


 全国ベスト4の投手、一ノ瀬京次郎。


 東鶴間最強打者、高柳龍二郎。


 そして捕手、高橋雪夜。


 この三人が向かい合う光景は、冬の練習中とは思えないほどの緊張感を生んでいた。


 龍二郎は左打席に入る。


 雪夜はホームベースの後ろでミットを構えた。


 京次郎はマウンド上でボールを握る。


 その時、龍二郎が雪夜へ声をかけた。


「雪夜」


「うん?」


「手は抜かなくていいから」


 雪夜はマスクの奥で、少しだけ表情を引き締めた。


「手は抜くつもりはないよ」


 そして、ミットを構える。


「本気で抑えにいくから」


 龍二郎は満足そうに頷いた。


「なら、いいんだ」


 勝負が始まった。


 一球目。


 雪夜は外角低めにミットを構えた。


 京次郎が振りかぶり、腕を振る。


 ストレート。


 白球は外角低めへ伸びていく。


 龍二郎は動かなかった。


「ストライク!」


 見逃し。


 まずは一球。


 雪夜は捕球しながら、龍二郎を見る。


(……様子見かな……)


 龍二郎が反応できなかったとは思わなかった。


 見た。


 軌道を確認した。


 おそらく、そういう一球だった。


 雪夜は二球目のサインを出す。


 スラーブ。


 だが、マウンドの京次郎は首を横に振った。


 雪夜は少しだけ眉を動かす。


 ならば、と次のサインを出した。


 縦のスライダー。


 これも、京次郎は首を横に振る。


 雪夜はさらにサインを変えた。


 高速スライダー。


 京次郎の代名詞ともいえる球。


 だが、それでも京次郎は首を振った。


 雪夜は、マスクの奥で小さく息を吐いた。


(まさか……龍二郎相手に……連続でストレート?)


 龍二郎は、ただの打者ではない。


 東鶴間で最も危険な打者だ。


 甘く見れば、一瞬で持っていかれる。


 雪夜はそれを知っていた。


 しかし、マウンドの京次郎はストレートを要求している。


 投手の意思を無視することもできない。


 雪夜は仕方なく、ストレートのサインを出した。


 二球目。


 内角低め。


 京次郎が投げ込む。


 鋭いストレートだった。


 球速もある。


 コースも悪くない。


 だが――。


 龍二郎は、その球を待っていた。


 踏み込む。


 腰を回す。


 バットを振り抜く。


 乾いた打球音が、冬のグラウンドに響いた。


 打球は高く、強く、ライト方向へ伸びていく。


 見守っていた部員たちが、思わず声を失う。


 打球はそのまま外野の頭上を越え、フェンスの向こうへ消えた。


 ホームラン。


 十球勝負、二球目。


 高柳龍二郎が、一ノ瀬京次郎のストレートを完璧に捉えた。


 グラウンドが静まり返る。


 雪夜はミットを下ろした。


 京次郎はマウンド上で、打球の行方を見つめていた。


 龍二郎はゆっくりとバットを下ろす。


 そして、マウンドの京次郎へ言った。


「おい、一ノ瀬」


 京次郎が龍二郎を見る。


 龍二郎の表情は、少しも緩んでいなかった。


「本気でこいよ」


 その一言に、空気がさらに張り詰めた。


 京次郎は一瞬だけ黙った。


 そして、苦笑する。


「すまんのう……」


 だが、その目はもう笑っていなかった。


「次からは本気でいくぞ」


 雪夜も、京次郎の表情を見て理解した。


 小手調べは終わった。


 連続でストレートを投げたのは、龍二郎の力を測るためだったのかもしれない。


 だが、高柳龍二郎は、そんな球で測れる打者ではなかった。


 雪夜は新しいボールを京次郎へ返す。


 京次郎はそれを受け取り、ロージンに手を伸ばした。


 打席の龍二郎は、再び構える。


 マウンドには、一ノ瀬京次郎。


 捕手には、高橋雪夜。


 打席には、高柳龍二郎。


 ここからが、本当の勝負だった。

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