第265話 再会、一ノ瀬京次郎
なぜ、一ノ瀬京次郎が東鶴間高校に来たのか。
東鶴間高校野球部の面々は、驚きを隠せなかった。
全国大会ベスト4。
呉稲見高校のエース。
世代ナンバー2。
スライダーマン。
その一ノ瀬京次郎が、今、自分たちのグラウンドにいる。
誰もすぐには動けなかった。
そんな中、高橋雪夜だけが京次郎のもとへ歩いていった。
雪夜と京次郎。
二人は、グラウンドの上で向かい合った。
冷たい冬の風が吹く。
しばらく、二人は何も言わなかった。
やがて、京次郎が口を開いた。
「……久しぶりじゃのう、雪夜」
その声に、雪夜は静かに頷いた。
「……久しぶりだね、京次郎」
東鶴間の部員たちは、そのやり取りを黙って見ていた。
全国ベスト4の投手と、東鶴間のキャプテン。
だが、二人の間にある空気は、初対面のものではなかった。
京次郎は、少しだけ懐かしそうに言う。
「最後に会ったのは、中学の卒業式が最後だったかのう」
「……そうだね……」
雪夜の声は静かだった。
中学の卒業式。
あの日から、二人は別々の道を歩いた。
佐藤秋一郎と鈴木草助は強豪校へ進み、一ノ瀬京次郎は地元の強豪校である呉稲見高校へ進んだ。
雪夜と京次郎も、離れることになった。
それは京次郎にとっても、決して軽い別れではなかった。
京次郎は、雪夜を見つめた。
「……あの時、引っ越しとはいえ、雪夜を悲しませたこと……すまなかった」
その言葉に、雪夜は少しだけ目を伏せた。
京次郎の引っ越し。
地元へ戻ること。
それは、京次郎自身が自由に決められるものではなかった。
だから、雪夜は首を横に振る。
「……仕方ないよ」
そして、京次郎を見る。
「親の転勤でこっちに来て、地元に帰ることになったなら……そうするのが当たり前だから……」
京次郎は、少し苦しそうな顔をした。
「雪夜……ワシのことを恨んでないのか?」
「恨むなんて、してないよ」
雪夜は迷わず答えた。
京次郎は、何も言えなくなった。
「……雪夜……」
恨まれているかもしれない。
置いていったと思われているかもしれない。
そんな不安が、京次郎の中にはあったのかもしれない。
だが、雪夜は恨んでいなかった。
その事実を知り、京次郎はただ雪夜を見ることしかできなかった。
雪夜は少しだけ空気を変えるように尋ねる。
「京次郎……今日はどうしたの。うちに来るなんて……」
「ああ……」
京次郎は少し表情を戻した。
「親族の集まりでこっちに来たんだ」
そして、少しだけ照れくさそうに笑う。
「それと、雪夜の顔が見たくてのう……」
雪夜は小さく笑った。
「そうかい……僕も、京次郎に会えてよかったよ」
その言葉に、京次郎の表情が少し柔らかくなる。
だが、すぐに真剣な顔へ戻った。
「雪夜……もし、よかったらでいいんだ」
「うん?」
「ワシの球を捕ってみないか?」
その言葉に、東鶴間の部員たちがざわついた。
一ノ瀬京次郎の球。
全国大会準決勝で佐藤秋一郎と投げ合った投手の球。
それを、今ここで見ることができる。
雪夜は少しも迷わなかった。
「いいよ、それぐらい」
こうして、中学時代にバッテリーを組んでいた二人は、お互いがどれぐらい成長したか、確かめることになった。




