第264話 訪問者
季節は秋の中、東鶴間高校野球部の面々は今日も練習をしていた。
打倒、城南ヶ丘。
打倒、桜桜花。
その目標に向かって、部員たちはそれぞれの課題と向き合っていた。
長所を伸ばす者。
短所を克服しようとする者。
守備を磨く者。
打撃を見直す者。
投球に磨きをかける者。
毎日の練習は地味だった。
だが、その地味な積み重ねこそが、来年の夏につながる。
雪夜たちは、それを分かっていた。
秋の間に、できるだけ練習をしておかなければならない。
冬になれば、グラウンドに雪が積もる可能性もある。
思うように外で練習できなくなる日もある。
だからこそ、今できることをやる。
そうして、日々は過ぎていった。
やがて季節は冬になった。
冷たい風がグラウンドを吹き抜けるようになり、吐く息が白くなる日も増えた。
それでも、東鶴間高校野球部の練習は続いた。
冬休みに入っても、部員たちはグラウンドに集まっていた。
バットの音。
ボールがミットに収まる音。
選手たちの声。
冬の冷えた空気の中でも、東鶴間高校野球部のグラウンドには、確かに熱があった。
そんなある日。
休憩時間になり、部員たちが水分を取ったり、軽く身体をほぐしたりしていた時だった。
グラウンドの外から、一人の人物が近づいてきた。
最初に気づいたのは、早田士郎だった。
「……あれ?」
早田の声に、近くにいた部員たちが視線を向ける。
そこにいた人物を見て、部員たちの表情が変わった。
「えっ……嘘だろう?」
「アレって……全国大会の?」
「全国ベスト4、呉稲見高校の……」
誰かが、その名前を呟いた。
「一ノ瀬京次郎……」
その名前が出た瞬間、グラウンドに緊張が走った。
一ノ瀬京次郎。
呉稲見高校のエース。
世代ナンバー2。
スライダーマン。
147キロの速球に、三種類のスライダーを操る投手。
全国大会準決勝で、東栄高校の佐藤秋一郎と壮絶な投手戦を繰り広げた存在。
その京次郎が、なぜ東鶴間高校のグラウンドにいるのか。
部員たちは、驚きのあまり動けなかった。
高柳龍二郎も、鋭い目で京次郎を見ていた。
天宮真十郎は、同じ投手として、その存在感に息を呑んでいた。
六条遊人も、新井元気も、一年生たちも、何が起きているのか分からないという顔をしていた。
そんな中、高橋雪夜だけが静かに動いた。
雪夜は京次郎の姿を見つめる。
そして、ゆっくりと歩き出した。
周りの部員たちは、その背中を見ていた。
雪夜は驚いていないわけではなかった。
だが、京次郎は雪夜にとって、ただの全国ベスト4の投手ではない。
かつて同じチームにいた投手。
自分とバッテリーを組んでくれた投手。
そして、全国の舞台で佐藤秋一郎と戦った投手だった。
雪夜は京次郎の前まで歩いていく。
京次郎もまた、雪夜を見ていた。
冬のグラウンド。
東鶴間高校野球部の面々が見守る中、二人は向かい合った。
なぜ、世代ナンバー2の一ノ瀬京次郎が東鶴間高校に来たのか。
その理由は、まだ誰にも分からない。
知っているのは、おそらく本人だけだった。




