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第263話 遊人と雪夜

 自分の練習の合間に、六条遊人の打撃を見ることになった高橋雪夜。


 スイングを確認する。


 ボールの見極め方を教える。


 時には、自分でお手本を見せる。


 粘り打ち。


 カット打ち。


 ただバットに当てるだけではない。


 何を見逃すのか。


 何をファウルにするのか。


 どの球を捨てるのか。


 それを一つずつ、雪夜は説明していった。


 六条は何度もバットを振った。


 失敗する。


 また振る。


 空振りする。


 もう一度構える。


 簡単にはできない。


 だが、少しずつ何かを掴もうとしていた。


 練習の途中、六条はふと疑問に思った。


「雪夜」


「なんだい?」


「雪夜もカット打ちができるなら、なんでしないんだい?」


 雪夜は少しだけ考えてから答える。


「カット打ちは、リスクがあるんだよ」


「リスクって……?」


「カット打ちは、ファウルにすることを前提にしているからね」


 雪夜はバットを持ちながら続ける。


「僕は粘り打ちはできるけど、カット打ちはあまりしないようにしているんだよ」


 六条は首を傾げた。


「どういうこと?」


「例えば、見逃せばボールになる球があるとする」


「うん」


「それを無理に当ててファウルにしたら、ストライクが増えるよね」


「あ……」


 六条は少しだけ目を開いた。


「なら、見逃してボールにしたほうがいいと思ったんだ」


「そうなのか……」


 ただファウルにすればいいわけではない。


 粘ることと、無駄にストライクを増やすことは違う。


 そこを間違えれば、自分で自分を追い込むことになる。


 雪夜はさらに言う。


「まあ……市原と遊希は、空振りしないことを前提にしているから、問題はないだろうけどね」


「空振りしないことを前提……」


「うん。あの二人は、当てる技術がかなり高い。だから、難しい球でもファウルにできる。でも、僕たちが同じことをしようとしたら、逆に自分の首を絞めることもある」


 六条はバットを見つめた。


 自分は、市原圭一でも六本遊希でもない。


 なら、同じことをそのまま真似するのではなく、自分に合う形にしなければならない。


「……とりあえず、ボールは見逃せばいい……ということかい」


「まあ……そういうことになるかな」


 雪夜は苦笑した。


「もちろん、追い込まれてからは難しいけどね。でも、最初から何でもカットしようとしなくていい。まずはボール球を見逃す。ストライクは強く打つか、厳しければファウルにする。その意識でいいと思う」


 六条は深く頷いた。


「ありがとう、雪夜。僕のやることが見えてきたよ」


「六条がそう言うなら、教えて良かったよ」


 雪夜がそう言うと、六条は少しだけ黙った。


 そして、急に真剣な顔になる。


「あと、僕のことは遊人って呼んでほしいんだ」


「えっ……そうなの?」


 雪夜は少し驚いた。


 六条はむっとしたように言う。


「だって……高柳と新井と天宮は名前で呼ぶのに、僕だけ名前で呼んでくれないなんて……不公平だっ!」


「いや、不公平にはしていないと思うけど……」


 雪夜は困ったように笑う。


 高柳龍二郎。


 新井元気。


 天宮真十郎。


 確かに、最近は名前で呼ぶことが増えていた。


 天宮も、真十郎と呼ぶようになったばかりだった。


 六条は腕を組む。


「とにかく、僕は雪夜と呼んでいるんだから、今日から遊人と呼んでくれ」


 雪夜は少しだけ呆れたように息を吐いた。


 だが、拒む理由もなかった。


「あ、ああ……分かったよ、遊人」


 名前を呼ばれた六条――遊人は、満足そうに頷いた。


「うん。それでいい」


「本当にそれでいいのかい?」


「いいんだよ。大事なことなんだから」


 遊人はそう言って、再びバットを構えた。


 雪夜はその様子を見て、小さく笑った。


 副キャプテンとして悩み、打撃を何とかしようとしている六条遊人。


 その姿は、不器用だが真剣だった。


 そして、少しだけ面倒くさいところもあった。


 それでも、雪夜は思う。


 こうして相談してくれたことが、嬉しかった。


 こうして名前で呼んでほしいと言ってくれたことも、きっと距離が縮まった証なのだろう。


 こうして、高橋雪夜と六条遊人の仲も少し、良くなった。


 ……のかもしれない。

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