第259話 新人選手選択会議
季節は進み、秋となった。
東鶴間高校野球部の面々は、今日もグラウンドで練習をしていた。
夏の暑さは少しずつ遠ざかり、風には涼しさが混じるようになっていた。
それでも、選手たちの練習に対する熱は変わらない。
打倒、城南ヶ丘。
打倒、桜桜花。
その目標に向かって、今日も一人一人が自分の課題に取り組んでいた。
練習を終える頃には、日が傾いていた。
グラウンドは茜色に染まり、選手たちの影が長く伸びている。
片づけを終えた部員たちは、部室へ戻った。
そして、テレビの前に集まる。
今日は、プロ野球ドラフト会議の日だった。
部室の空気は、いつもとは少し違っていた。
ただのテレビ中継を見る時間ではない。
自分たちが知っている選手の名前が、呼ばれるかもしれない日だった。
城南ヶ丘学園高校、桐原礼二。
県大会準々決勝で東鶴間の前に立ちはだかり、七回コールドで敗れた相手。
そして、その後、城南ヶ丘を県大会優勝へ導いたエース。
全国大会準々決勝まで勝ち上がった投手。
その名前が、いつ呼ばれるのか。
東鶴間の選手たちは、自然とテレビ画面へ集中していた。
六条遊人が小さく呟く。
「桐原さん……何位で指名されるかな……」
その声に、高橋雪夜が静かに答えた。
「……二位ぐらいだと思うよ」
「二位か……」
六条は息を呑む。
だが、桐原礼二の実力を思えば、それも不思議ではなかった。
東鶴間を苦しめた投球。
元気を四打席すべて抑えた執念。
県大会決勝で桜桜花を完封した実力。
全国大会準々決勝まで勝ち上がった実績。
上位指名されてもおかしくない選手だった。
テレビでは、指名が始まっていた。
第1巡選択希望選手。
次々と名前が呼ばれていく。
部室の面々は、画面に映る文字とアナウンスに耳を傾けていた。
そして、時間が進み――。
「第2巡選択希望選手……桐原礼二、投手、城南ヶ丘学園高校」
その名前が呼ばれた瞬間、部室の空気が止まった。
桐原礼二。
城南ヶ丘学園高校。
第2巡指名。
自分たちが戦った相手が、プロ野球選手になる。
その現実に、東鶴間高校野球部の面々は驚いていた。
六条は、テレビ画面を見つめながら呟いた。
「……僕たちと戦った人が、プロ野球選手になるのか……」
その言葉には、驚きと実感の両方が混じっていた。
あのマウンドに立っていた桐原礼二。
自分たちを抑え、打席でも結果を残した投手。
その選手が、今、プロの世界へ進もうとしている。
東鶴間の選手たちは、改めて自分たちが戦ってきた相手の大きさを知った。
それからも、指名は続いていく。
そして、また知っている名前が呼ばれた。
「第3巡選択希望選手……外藤祐吉郎、投手、大王高校」
大王高校。
県大会四回戦で対戦した相手。
前年ベスト4の強豪。
外藤祐吉郎は、その大王高校のエースだった。
東鶴間戦では先発ではなかったが、試合後、高柳龍二郎と高橋雪夜に声をかけた投手。
プロを見据えた、強い存在感を持つ選手だった。
六条は、また小さく息を吐く。
「また、僕たちと戦った人が、プロ野球選手になったね」
その言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。
自分たちが勝った相手にも、プロへ進む選手がいる。
大王高校に勝ったこと。
城南ヶ丘に負けたこと。
その一つ一つが、今になって違う重みを持ってくるようだった。
さらに時間が過ぎた。
ドラフト会議は続いていく。
そして――。
「第4巡選択希望選手……立塚尚文、投手、桜桜花高校」
その名前が呼ばれた時、雪夜は思わず呟いた。
「……すごいな……」
部員たちが雪夜を見る。
雪夜はテレビ画面を見つめたまま言った。
「桜桜花高校から、二年連続でプロ野球選手が生まれるなんて……」
去年は、斉藤秀一。
五球団から指名された、桜桜花高校の絶対的存在。
そして今年は、立塚尚文。
県大会決勝で城南ヶ丘を相手に力投した投手。
第4巡とはいえ、プロから指名された。
二年連続でプロ野球選手を出す高校。
それが、桜桜花高校だった。
東鶴間が倒そうとしている相手。
来年、必ず越えなければならない壁。
その強さを、改めて思い知らされた気がした。
自分たちが戦った相手が、プロ野球選手になっていく。
桐原礼二。
外藤祐吉郎。
立塚尚文。
名前が呼ばれるたび、部室の面々は何も言えなくなっていた。
遠い世界だと思っていたプロ野球。
だが、その入口に、自分たちが戦った選手たちが立っている。
同じ高校野球をしていたはずなのに。
同じグラウンドで戦ったはずなのに。
その差は、あまりにも大きく感じられた。
そんな空気の中、新井元気がぽつりと言った。
「来年……オイラもプロ野球選手になりたいなぁ……」
その一言に、部室の空気が少しだけ変わった。
雪夜は元気を見る。
そして、すぐに言った。
「よし、じゃあ元気の練習メニューを、もっと厳しくしよう」
「ははっ……去年も同じことを言ってたね」
元気が苦笑する。
その言葉に、部室に小さな笑いが起こった。
重かった空気が、少しだけ和らいだ。
プロ野球選手になれるかどうか。
それは、簡単に分かることではない。
だが、夢を口にすることは悪いことではない。
そして、その夢を叶えたいなら、練習するしかない。
雪夜も、元気も、それを分かっていた。
やがてドラフト会議の中継が一区切りつき、部員たちは帰り支度を始めた。
グラウンドの外は、すっかり暗くなっていた。
秋の空気が、肌に少し冷たい。
東鶴間高校野球部の面々は、それぞれ帰路についた。
自分たちが戦った相手が、プロ野球選手になる。
その現実は、確かに衝撃だった。
だが、同時に一つの問いも残した。
来年。
東鶴間高校野球部から、プロ野球選手になれる者は生まれるのか。
高柳龍二郎。
天宮真十郎。
新井元気。
高橋雪夜。
あるいは、まだ誰も想像していない誰か。
その答えは、今はまだ分からない。
分かっているのは、ただ一つ。
これからの練習次第だということだった。




