第258話 三度、東鶴間の問題
東栄高校が全国大会優勝を成し遂げてから、時は過ぎていった。
全国の頂点を見た東鶴間高校野球部の面々は、今日もグラウンドで練習を続けていた。
打倒、城南ヶ丘。
打倒、桜桜花。
その目標は変わらない。
だが、目標を掲げるだけでは勝てない。
今の自分たちに何が足りないのか。
何を準備しなければならないのか。
それを考えなければならなかった。
そんなある日。
練習前の部室で、監督の九条咲が選手たちを集めた。
「みんな……これからの野球部の話をしようと思う」
咲の声に、部員たちは静かに耳を傾けた。
いつものような軽い話ではない。
咲の表情を見れば、それはすぐに分かった。
「まずは……今のメンバーだけで試合をすることになった時のことを考えてみた」
今の東鶴間高校野球部には、選手が十一人いる。
マネージャーは三人。
夏目真衣。
小山唯。
高柳冬美。
だが、マネージャーは公式戦には出られない。
つまり、試合になれば、控えは二人しかいないということになる。
けが人が出れば、一気に苦しくなる。
投手を交代すれば、守備位置も考えなければならない。
来年、新入部員が入ってくるとは限らない。
入ってきたとしても、すぐに戦力になるとは限らない。
その現実を、咲は見据えていた。
「その時のことも考えて……スターティングメンバーを作ってみた」
部員たちの空気が、少し引き締まる。
咲はホワイトボードに名前を書いていった。
「キャッチャー、高橋雪夜」
雪夜は静かに頷いた。
来年、捕手が入らなければ自分が正捕手になる。
その覚悟は、もうしていた。
「ファースト、浮田総二」
「はい」
浮田が返事をする。
「セカンド、高柳龍二郎」
「了解です」
龍二郎は短く答えた。
「サード、竹田栄司」
「はいっす」
竹田は少し緊張したように返事をした。
「ショート、六条遊人」
「はい」
六条が頷く。
「センター、早田士郎」
「はい」
早田も返事をした。
「ライト、新井元気」
「分かったでやんす」
元気がいつもの口調で答える。
そこまで発表された時、部員たちは気づいた。
残っているのは、ピッチャーとレフトだった。
天宮真十郎。
白石広志。
夏目海。
伯方歩夢。
投手が四人いる。
だが、試合に出られるのは九人。
誰かを投手として使えば、誰かを野手として使わなければならない。
咲は続けた。
「ピッチャーが天宮の時……レフトを誰にするかは、まだ決めていない」
白石広志、夏目海、伯方歩夢の三人が、自然と顔を上げた。
「だから、白石広志、夏目海、伯方歩夢の誰かをレフトに使うことにした」
三人は互いの顔を見た。
投手としてだけではない。
野手としても準備しなければならない。
その意味を、三人ともすぐに理解した。
咲は申し訳なさそうに、しかしはっきりと言った。
「負担がかかるのは分かっている」
選手たちは黙って聞いていた。
「だが、来年誰も入部しなかった場合を考えて、準備をしていてくれ」
その言葉に、部室の空気が重くなる。
十一人しかいない。
それは、分かっていた。
分かっていたが、こうして具体的にスターティングメンバーを組まれると、改めて現実を突きつけられる。
投手の誰かが、野手として出る。
場合によっては、慣れないポジションを守ることになる。
それでも、試合をするためには必要なことだった。
「また、白石、夏目海、伯方が投手で登板する時も、その日によって変わる」
咲は三人を見る。
「そこも考えておいてくれ」
そう言って、咲は話を終えた。
部室には、しばらく沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのは、キャプテンの高橋雪夜だった。
「みんな……こう考えてみよう」
雪夜の声に、部員たちの視線が集まる。
「守備は広志」
白石広志が雪夜を見る。
「ミート能力は歩夢」
伯方歩夢が少し驚いたように瞬きをした。
「パワーは海」
夏目海も顔を上げる。
「この違いで、当日の試合メンバーを考えてみよう」
雪夜は続けた。
「相手の投手や、試合の展開によって必要な選手は変わると思う。守備を固めたいなら広志。打線につなぎがほしいなら歩夢。長打力がほしいなら海。そう考えれば、三人ともちゃんと意味がある」
その言葉に、三人の表情が少し変わった。
ただ足りない人数を埋めるためではない。
自分たちには、それぞれ役割がある。
そう言われたような気がした。
白石広志は静かに頷いた。
「分かりました。守備練習も、もっとやっておきます」
夏目海も力を込めて言う。
「僕も、野手で出る可能性があるなら準備します」
伯方歩夢も頷いた。
「私も……打撃も守備も、できることを増やします」
三人は理解していた。
投手以外もこなさなければならない。
負担は増えるかもしれない。
慣れないことも多いかもしれない。
それでも、この野球部のみんなで試合をしたい。
このメンバーで、城南ヶ丘と桜桜花に挑みたい。
その思いがあった。
咲は三人を見て、少しだけ表情を和らげた。
「頼む」
短い言葉だった。
だが、監督としての信頼が込められていた。
やがて、ミーティングは終わった。
部員たちはグラウンドへ向かう。
十一人しかいない。
控えは二人しかいない。
決して余裕のあるチームではない。
だが、だからこそ、一人一人ができることを増やさなければならない。
高橋雪夜はキャッチャーとして。
浮田総二はファーストとして。
高柳龍二郎はセカンドとして。
竹田栄司はサードとして。
六条遊人はショートとして。
早田士郎はセンターとして。
新井元気はライトとして。
そして、白石広志、夏目海、伯方歩夢は、投手としても野手としても。
東鶴間高校野球部は、今日も練習を再開した。
目指すのは、城南ヶ丘学園高校と桜桜花高校に勝つこと。
今は、その目標だけを見て進めばいい。
人数が少なくても。
不安があっても。
このメンバーで戦うために、東鶴間高校野球部は少しずつ準備を進めていた。




