第257話 全国大会決勝、その後
全国大会決勝。
東栄高校対春日野学園高校。
全国の頂点を決める試合は、東栄高校の勝利で幕を閉じた。
3対0。
佐藤秋一郎の完封勝利。
そして、東栄高校が全国大会の頂点に立った。
部室のテレビでその試合を見届けた東鶴間高校野球部の面々は、しばらく言葉を失っていた。
「なんだ、この試合……」
「東栄の完封って……」
「ナンバー3でも、三失点……」
「これが、本物の天才……」
誰もが、佐藤秋一郎の圧倒的な力を思い知らされていた。
投げては完封。
打っては先制本塁打に、九回の追加点につながる一打。
全国大会決勝という舞台で、投打の両方で試合を支配した。
世代ナンバー1。
本物の天才。
その呼び名に、疑う余地はなかった。
その中で、高橋雪夜は静かにテレビ画面を見ていた。
画面には、優勝を喜ぶ東栄高校の選手たちが映っている。
その中心には、佐藤秋一郎がいた。
そして、敗れた春日野学園高校の選手たち。
鈴木草助の姿も、そこにあった。
新井元気が、心配そうに雪夜へ声をかける。
「雪夜……大丈夫だった?」
雪夜は少しだけ間を置いてから、頷いた。
「うん……なんとか……」
その声は落ち着いていた。
だが、完全に平気だったわけではないことを、元気には分かっていた。
「なら、いいけどさぁ……」
元気は少しだけ安心したように言う。
「雪夜の予想どおり、東栄の完封だったね」
雪夜は小さく首を横に振った。
「でも、僕の予想の5対0にはならなかったから、半分は外しているけどね……」
その言葉に、部室の面々は心の中で思った。
(いや、東栄の完封勝利を当てたんだから、半分は当たっているだろう……)
だが、誰もそれを口には出さなかった。
雪夜らしいと言えば、雪夜らしかった。
勝敗だけではなく、点差まで見ている。
冷静なのか、細かすぎるのか。
部員たちは少しだけ呆れながらも、どこか安心していた。
雪夜はテレビから視線を外す。
「さて……」
そして、ゆっくり立ち上がった。
「頂点も見たことだし……そろそろ練習に戻ろうか」
その言葉に、高柳龍二郎が雪夜を見る。
「雪夜……やる気になったか」
雪夜は静かに頷いた。
「うん」
そして、部室にいる仲間たちを見た。
「来年、僕たち二年生は、最後の大会になるから……悔いは残したくないんだ」
その言葉が、部室の空気を変えた。
高柳龍二郎。
天宮真十郎。
六条遊人。
新井元気。
夏目真衣。
小山唯。
二年生たちは、改めて思い出していた。
来年が、自分たちにとって最後の夏になることを。
進藤竜也たち三年生が引退したように。
田中三郎や中山太郎が、悔しさを抱えてグラウンドを去ったように。
今度は、自分たちの番が来る。
その時、後悔せずに終われるのか。
最後まで戦い抜けるのか。
城南ヶ丘と桜桜花に勝てるのか。
それは、これからの自分たち次第だった。
一年生たちも、雪夜の言葉を聞いていた。
浮田総二。
白石広志。
竹田栄司。
夏目海。
伯方歩夢。
早田士郎。
高柳冬美。
二年生と野球ができるのは、来年の大会まで。
そのことを、改めて意識していた。
今は当たり前のようにいる先輩たち。
雪夜がいる。
高柳がいる。
天宮がいる。
六条がいる。
元気がいる。
真衣がいる。
唯がいる。
だが、その時間は永遠ではない。
来年の夏が終われば、二年生たちは引退する。
一緒に戦える時間は、限られていた。
九条咲は、そんな部員たちを見て静かに言った。
「そういうことだな」
部員たちの視線が、咲へ向かう。
咲は監督として、選手たちをまっすぐに見ていた。
「お前たち、後悔のないように練習をしてくれ」
短い言葉だった。
だが、その中には咲の願いが込められていた。
進藤たち三年生を勝たせてやれなかった悔しさ。
雪夜たち二年生に、同じ後悔をさせたくない思い。
そして、一年生たちにも、この時間を大切にしてほしいという思い。
部員たちは一斉に返事をした。
「はいっ!」
その声は、部室に強く響いた。
そして、東鶴間高校野球部の面々はグラウンドへ向かった。
全国の頂点を見た。
佐藤秋一郎という本物の天才を見た。
鈴木草助という全国準優勝投手も見た。
自分たちがまだ届かない世界があることを、嫌というほど思い知らされた。
それでも、今やるべきことは変わらない。
打倒、城南ヶ丘。
打倒、桜桜花。
そして、進藤竜也、田中三郎、中山太郎の願いを叶えること。
このみんなと野球ができるのは、来年まで。
その時間は、決して長くない。
だからこそ、一日も無駄にはできなかった。
雪夜はグラウンドに立ち、バットを握った。
龍二郎は黙って素振りを始めた。
天宮は走り出した。
六条は守備練習へ向かった。
元気は打撃練習の準備をする。
一年生たちも、それぞれのメニューに取り組み始めた。
夏目真衣、小山唯、高柳冬美も、選手たちの姿を見守りながら記録を取る。
九条咲は、その光景を静かに見つめていた。
東鶴間高校野球部は、今日も練習を続ける。
来年の夏、悔いを残さないために。
この仲間たちと、最後まで戦い抜くために。




