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255/318

第255話 東栄対春日野

 全国大会決勝。


 東栄高校対春日野学園高校。


 全国の頂点を決める試合が、始まろうとしていた。


 東鶴間高校野球部の面々は、部室のテレビの前に集まっていた。


 佐藤秋一郎。


 鈴木草助。


 かつて高橋雪夜と同じチームにいた二人が、全国大会決勝という舞台で戦う。


 雪夜はテレビ画面を見つめていた。


 春日野学園高校のマウンドには、鈴木草助が立っている。


 左のサイドハンド。


 左の精密機械。


 世代ナンバー3。


 そして、雪夜にとっては、忘れられない過去を持つ相手だった。


 試合は、東栄高校の攻撃から始まった。


 一回表。


 鈴木草助は、いつものように投げていた。


 球速は135キロ。


 だが、左のサイドハンドから繰り出されるストレートは、数字以上に伸びる。


 コースを突き、打者の芯を外し、カーブとスクリューでタイミングを狂わせる。


 春日野学園高校を全国大会決勝まで導いた投球だった。


 草助は簡単にツーアウトを取った。


 そして、打席には三番。


 佐藤秋一郎。


 スイッチヒッターの秋一郎は、右打席に入った。


 マウンドの草助は、秋一郎を見つめる。


(やっと……この日が来た……)


 草助はボールを握る。


(秋一郎、お前を倒す)


 全国大会決勝。


 世代ナンバー1と世代ナンバー3。


 その直接対決。


 草助にとって、これ以上ない舞台だった。


 一方、秋一郎は静かに草助を見ていた。


(草助か……)


 それだけだった。


 大きな感情を表に出すわけでもない。


 挑発するわけでもない。


 ただ、目の前の投手として見ていた。


 草助が振りかぶる。


 初球。


 内角低めへのストレート。


 伸びのある球だった。


 左サイドハンドから放たれたその球は、打者の手元で浮き上がるように伸びてくる。


 普通の打者なら、詰まらされる。


 あるいは、差し込まれる。


 草助は、その一球で秋一郎を仕留めるつもりだった。


 だが――。


 秋一郎は、その初球を狙っていた。


 迷いなくバットを振り抜く。


 鋭い打球音が響いた。


 打球はレフト方向へ高く上がる。


 外野手が追う。


 だが、届かない。


 打球は、そのままスタンドへ飛び込んだ。


 ホームラン。


 東栄高校、先制。


 1対0。


 部室の空気が、凍りついた。


 あの鈴木草助のストレートを、佐藤秋一郎は初球で仕留めた。


 秋一郎は静かにベースを回る。


 派手に喜ぶわけではない。


 ただ、当然のようにホームへ向かう。


 その途中で、秋一郎は心の中で呟いた。


(草助……)


 中学三年生の引退式。


 鈴木草助が高橋雪夜へ暴言を吐いた日。


 肩の弱い捕手とバッテリーを組まなくてすむと思うと、とても幸せです。


 あの言葉で、雪夜は傷ついた。


 雪夜の心は折れた。


 秋一郎は、そのことを忘れていなかった。


(あの日のこと……許した覚えはないから……)


 ホームベースを踏んだ秋一郎は、静かにベンチへ戻っていった。


 一方、マウンドの草助は動けなかった。


(なんで……)


 自分の指先には、確かな感触があった。


 甘い球ではなかった。


 内角低め。


 伸びもあった。


 いつもなら、打者を詰まらせられる球だった。


(なんで……俺のストレートを、あんな簡単に……)


 草助は唇を噛んだ。


 それでも、試合は続く。


 草助は続く四番打者を打ち取り、初回を一点でしのいだ。


 だが、全国大会決勝は、いきなり佐藤秋一郎の一振りで動いた。


 一回裏。


 春日野学園高校の攻撃。


 しかし、東栄高校のマウンドには佐藤秋一郎がいた。


 155キロの速球。


 正確なコントロール。


 高速スライダー。


 スプリット。


 高速シンカー。


 高速シュート。


 そのすべてが、打者にとっては打てる球ではなかった。


 速球に差し込まれる。


 変化球に崩される。


 コースを突かれ、見逃せばストライク。


 振れば空振りか凡打。


 春日野学園打線は、秋一郎の前に沈黙した。


 鈴木草助もまた、秋一郎の球を打てなかった。


 投手としては全国決勝まで勝ち上がってきた。


 打者としても、準決勝で決勝点を叩き出した。


 それでも、秋一郎の球は別次元だった。


 試合は、そのまま終盤へ進んでいく。


 草助も粘った。


 初回に本塁打を浴びたものの、その後は春日野学園のエースとして踏ん張り続けた。


 左サイドハンドから繰り出されるストレート。


 カーブ。


 スクリュー。


 コースを丁寧に突き、東栄打線に追加点を許さない。


 世代ナンバー3。


 左の精密機械。


 その異名にふさわしい投球だった。


 だが、秋一郎はさらに上だった。


 東栄高校が一点を守ったまま、試合は九回へ向かっていった。

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