第254話 全国大会、決勝
全国大会決勝。
東栄高校対春日野学園高校。
その試合を見届けるため、東鶴間高校野球部の面々は部室に集まっていた。
テレビ画面には、試合前の球場の様子が映っている。
全国の頂点を決める一戦。
東栄高校には、世代ナンバー1の佐藤秋一郎がいる。
春日野学園高校には、世代ナンバー3の鈴木草助がいる。
その名前を聞くだけで、部室の空気は少し重くなった。
春日野には、鈴木草助がいる。
だが、その日、高橋雪夜は部室にいた。
昨日の準決勝では、草助の姿を見ることができず、一人でグラウンドに出ていた雪夜。
その雪夜が、今日はテレビの前に座っていた。
新井元気が、心配そうに声をかける。
「雪夜……大丈夫なのかい?」
雪夜は少しだけテレビ画面を見つめてから、静かに頷いた。
「うん……本当はつらいけど、この試合は見ないといけないから……」
その声は落ち着いていた。
だが、無理をしていないわけではなかった。
元気には、それが分かった。
高柳龍二郎も、雪夜の横顔を見て口を開く。
「雪夜……無理はするなよ」
雪夜は龍二郎を見る。
そして、少しだけ表情を和らげた。
「ありがとう、龍二郎……本当に無理になったら、そうするから」
「ならいい」
龍二郎はそれ以上、何も言わなかった。
雪夜が自分で決めてここにいるのなら、その気持ちを尊重する。
ただ、限界を超えそうになった時は、止める。
そんな思いが、龍二郎の短い言葉に込められていた。
六条遊人が、少し空気を変えるように言った。
「それならいいけど……東栄と春日野、どちらが勝つかな」
部員たちの視線が、自然と雪夜へ向かう。
雪夜は少し考えた。
東栄高校。
春日野学園高校。
佐藤秋一郎。
鈴木草助。
どちらも、全国大会決勝まで勝ち上がってきた強豪だった。
だが、雪夜は静かに答える。
「うーん……5対0で東栄かな」
「えっ、そんなに点差が広がるのかい?」
六条は驚いたように聞き返した。
全国大会決勝。
しかも相手は、準決勝で中月大学付属高校を1対0で破った春日野学園高校。
鈴木草助も、桜川守に投げ勝った投手である。
簡単に五点差がつくとは思えなかった。
雪夜は少しだけ目を伏せる。
「これは……僕の願望も入っているから」
その言葉に、部室の面々は何も言えなくなった。
やっぱり、鈴木草助のことが嫌いなのだ。
そう思った。
雪夜がどれだけ冷静であろうとしても、あの過去が消えるわけではない。
引退式で浴びせられた暴言。
肩の弱さを否定された記憶。
野球をやめるきっかけの一つになった出来事。
それを思えば、雪夜が春日野の勝利を素直に願えないのは当然だった。
雪夜は小さく息を吐く。
「まあ……秋一郎がいるから、東栄が勝つと思う」
そして、画面に映る春日野学園高校の選手たちを見る。
「でも、春日野がどこまで食らいつくかで、点差は変わると思うよ」
天宮真十郎は、腕を組みながら呟いた。
「本物の天才と……左のサイドハンドか……」
佐藤秋一郎。
155キロの速球。
正確な制球。
豊富な変化球。
投手として必要なものを、すべて高い次元で持っている存在。
鈴木草助。
135キロながら、異常な伸びを見せる左のサイドハンド。
カーブとスクリューを組み合わせ、打者の芯を外し続ける投手。
その二人が、全国大会決勝でぶつかる。
雪夜は静かに言った。
「草助のもう一つのあだ名が……左の精密機械と言われているよ」
「左の精密機械……」
六条がその言葉を繰り返す。
「左のサイドハンドで、制球が良いってことか」
「うん」
雪夜は頷く。
「球速だけなら、秋一郎のほうが圧倒的に上だよ。でも、草助は簡単には打てない。コースを突いて、打者のタイミングを外してくる。あのストレートも、数字以上に伸びるから……」
そこまで言って、雪夜は少し黙った。
草助の実力は、認めている。
認めたくなくても、分かっている。
だからこそ、余計に苦しいのかもしれなかった。
テレビ画面には、東栄高校の佐藤秋一郎が映る。
次に、春日野学園高校の鈴木草助が映る。
雪夜はその姿を見て、ほんの少しだけ表情を強張らせた。
それでも、目をそらさなかった。
「……草助が、どこまで秋一郎に通用するのか……」
その声は小さかった。
誰に聞かせるためでもなく、自分に言い聞かせるような声だった。
部室の中に、静かな緊張が流れる。
元気は雪夜を気にしながらも、テレビ画面へ視線を戻した。
龍二郎は黙ったまま、腕を組んでいた。
天宮は、二人の投手の姿を真剣に見ていた。
六条も、一年生たちも、全国大会決勝の始まりを待っていた。
東栄高校対春日野学園高校。
佐藤秋一郎対鈴木草助。
本物の天才と、左の精密機械。
全国の頂点を決める試合が、今まさに始まろうとしていた。




