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第250話 雪夜がいない

 全国大会準決勝。


 春日野学園高校対中月大学付属高校。


 その試合が始まろうとしていた。


 東鶴間高校野球部の面々は、部室のテレビの前に集まっていた。


 世代ナンバー3、鈴木草助。


 世代ナンバー4、桜川守。


 全国でも屈指の投手同士がぶつかる一戦。


 もし自分たちがいつか全国大会に出ることができたなら、対戦相手になるかもしれない選手たちだった。


 だからこそ、誰もが真剣に見ようとしていた。


 六条遊人は、テレビ画面を見ながら隣へ声をかけた。


「雪夜……どちらが勝つと思うかい」


 だが、返事はなかった。


 六条は不思議に思い、隣を見る。


 そこに、高橋雪夜の姿はなかった。


「あれ……雪夜は?」


 その言葉に、部室の面々が周囲を見回した。


 高柳龍二郎も眉をひそめる。


「そういえば……姿が見えないな」


 いつもなら、雪夜はこういう試合を誰よりも冷静に見ている。


 佐藤秋一郎と一ノ瀬京次郎の試合ですら、試合展開を分析しながら見ていた。


 その雪夜が、いない。


 天宮真十郎が立ち上がろうとした。


「もしかして……練習をしているのかもしれないから、呼んでくるよ」


 その時だった。


 新井元気が、静かに言った。


「やめたほうがいいよ」


 部室の空気が、少し変わった。


 天宮は元気を見る。


「どういうことだい、新井」


 元気は少しだけ迷った。


 だが、雪夜から言われたことを思い出し、ゆっくりと口を開く。


「雪夜は……鈴木草助の姿を見たくないから……一人で練習をしているでやんす」


 その言葉に、部室が静まり返った。


 高柳龍二郎の表情が険しくなる。


「新井……雪夜に何かあったのか?」


 元気は小さく頷いた。


「……雪夜が言ってたよ。僕は草助を見たくないから、一人で練習を続けるよ……って」


 六条はテレビ画面に映る春日野学園高校の選手たちを見た。


 その中に、鈴木草助の姿がある。


 落ち着いた表情。


 全国大会準決勝の舞台に立つ、世代ナンバー3の投手。


 だが、雪夜にとっては、ただの強敵ではないらしい。


「……雪夜と鈴木の間に、何かあったんだね」


 六条の声は静かだった。


 元気は一度、目を伏せる。


 そして、部員たちを見る。


「……雪夜が、少しなら事情を説明してもいいから……って言ってたでやんす」


 高柳は何も言わなかった。


 ただ、真剣な表情で元気を見ていた。


「……事情、か……」


 元気は頷く。


 いつもの明るさはなかった。


 ムードメーカーとしての軽さも、そこにはなかった。


 幼馴染として、雪夜の痛みを知っている者の顔だった。


「これから話すのは、雪夜と鈴木に起こった、過去の出来事になるよ」


 部室の空気が重くなる。


 テレビでは、春日野学園高校対中月大学付属高校の試合が始まろうとしていた。


 だが、東鶴間高校野球部の面々は、もう画面だけを見てはいられなかった。


 高橋雪夜が見ようとしなかった理由。


 鈴木草助という名前に、雪夜が顔を曇らせた理由。


 その過去が、今、元気の口から語られようとしていた。

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