第249話 もう一つの準決勝
東栄高校と呉稲見高校。
全国大会準決勝で繰り広げられた壮絶な投手戦を見終えた東鶴間高校野球部の面々は、しばらく言葉を失っていた。
九回裏。
佐藤秋一郎のサヨナラホームラン。
それまで無得点に抑え合っていた二人の投手が、最後の最後で決着をつけた。
「なんだ……あの試合」
「同じ高校生とは思えない……」
「あの二人……化け物かよ」
部員たちは、口々にそう呟いていた。
佐藤秋一郎。
一ノ瀬京次郎。
世代ナンバー1と2の対決。
その試合は、東鶴間の選手たちに全国の頂点の高さを思い知らせるものだった。
だが、その中で一人だけ。
高橋雪夜だけは、静かにテレビを見つめていた。
六条遊人は、そんな雪夜を不思議そうに見る。
「雪夜」
「うん?」
「なんでそんなに冷静でいられるんだい」
雪夜は少しだけ考え、それから答えた。
「あの二人の球を捕っていたから……」
部室の空気が、一瞬止まった。
「こうなると思っていたけど……延長戦にはならなかったから、僕の予想は外れたよ」
雪夜は淡々と言った。
確かに、雪夜は秋一郎と京次郎の球を知っている。
かつて同じチームにいた。
捕手として、二人の球を受けていた。
だからこそ、あの二人がどれほどの投手なのか、誰よりも分かっていたのかもしれない。
だが、周りの部員たちは思っていた。
(いや、確かにそうかもしれないけど……普通は驚くだろう)
高柳龍二郎も、天宮真十郎も、新井元気も、浮田総二たち一年生も、雪夜の冷静さに少しだけ呆れていた。
雪夜はテレビから視線を外す。
「まあ……あの二人がすごいのも分かったことだし……練習を再開しよう」
その言葉に、部員たちは少しずつ立ち上がろうとした。
その時、新井元気が何気なく言った。
「そうだね。もう一つの準決勝の試合まで、時間もあることだから……」
その瞬間だった。
雪夜の表情が、わずかに暗くなった。
元気はすぐに気づいた。
自分が何を言ってしまったのか。
「……ごめん、雪夜……」
元気は小さく謝った。
雪夜は首を横に振る。
「謝らなくていいよ」
そして、少しだけ目を伏せた。
「僕にも原因があるから」
もう一つの準決勝。
春日野学園高校対中月大学付属高校。
中月大学付属には、世代ナンバー4の桜川守がいる。
そして、春日野学園高校には――。
世代ナンバー3の鈴木草助がいた。
雪夜と因縁のある投手。
元気は、そのことを知っていた。
だからこそ、自分の何気ない言葉が雪夜を傷つけたのだと分かっていた。
だが、事情を知らない部員たちは、二人のやり取りを見て戸惑っていた。
(雪夜……なにかあったのかな?)
小山唯は、雪夜の表情を静かに見ていた。
高柳龍二郎も、何かを察したように口を閉じた。
その後、東鶴間高校野球部の面々は練習を再開した。
全国のレベルを見たあとだからこそ、誰も手を抜かなかった。
佐藤秋一郎。
一ノ瀬京次郎。
桜川守。
そして、鈴木草助。
自分たちの知らない場所で、同世代の怪物たちは全国の頂点を争っている。
それでも、東鶴間には東鶴間のやるべきことがある。
打倒、城南ヶ丘。
打倒、桜桜花。
そのために、今は練習するしかなかった。
そして、しばらくして。
休憩の意味もあり、部員たちはもう一つの準決勝を見るために、再び部室へ集まった。
春日野学園高校対中月大学付属高校。
全国大会準決勝。
世代ナンバー4、桜川守。
そして、世代ナンバー3、鈴木草助。
テレビには、試合前の両校の様子が映っていた。
部員たちは画面の前に座る。
だが――。
そこに、高橋雪夜の姿はなかった。
いつもなら、誰よりも冷静に試合を見ているはずの雪夜が。
秋一郎と京次郎の試合ですら、冷静に見届けていた雪夜が。
春日野学園の試合だけは、部室にいなかった。
そのことに、東鶴間高校野球部の面々は、まだ深く気づいていなかった。




