第245話 東鶴間の目標
城南ヶ丘学園高校が、全国大会準々決勝で敗れた。
その事実に、東鶴間高校野球部の面々は呆然としていた。
自分たちを七回コールドで破った城南ヶ丘。
県大会決勝では桜桜花高校を完封し、県大会の頂点に立った城南ヶ丘。
その城南ヶ丘が、中月大学付属高校に敗れた。
世代ナンバー4。
桜川守。
その名前は、東鶴間の選手たちの胸に深く刻まれていた。
部室には、重い沈黙が流れていた。
誰もすぐには言葉を発しなかった。
全国には、まだ上がいる。
それも、自分たちが想像していたより、はるかに高い場所に。
その現実を、画面越しに見せつけられたようだった。
そんな部員たちを見て、九条咲が静かに口を開いた。
「みんな」
選手たちは咲を見る。
咲は、テレビ画面ではなく、部員たち一人一人を見ていた。
「衝撃的な試合なのは分かった」
城南ヶ丘が負けた。
それは確かに大きな出来事だった。
だが、咲の声は落ち着いていた。
「だが、我々の目標は変わらない」
その言葉に、雪夜は顔を上げた。
咲は続ける。
「まずは来年、城南ヶ丘と桜桜花を倒す」
部室の空気が、少しだけ引き締まる。
「今は、それだけでいい」
全国の頂点。
中月大学付属高校の桜川守。
東栄高校の佐藤秋一郎。
呉稲見高校の一ノ瀬京次郎。
春日野学園高校の鈴木草助。
そこを見るのは、まだ早い。
今の東鶴間高校が越えなければならない壁は、まず目の前にある。
城南ヶ丘学園高校。
桜桜花高校。
進藤竜也、田中三郎、中山太郎が託した願い。
来年は、城南ヶ丘と桜桜花に勝ってほしい。
その願いを叶えることが、新チームの最初の目標だった。
「はいっ!」
部員たちは返事をした。
そして、それぞれ練習へ戻っていく。
城南ヶ丘が負けた。
あの強かった城南ヶ丘が。
自分たちを七回コールドで破った城南ヶ丘が。
その思いは、すぐには消えなかった。
だが、それでも練習するしかない。
高柳龍二郎は、再びバットを握った。
天宮真十郎は、投球フォームを確認しながら走り出した。
六条遊人は、カット打ちの練習へ戻った。
新井元気も、無言で素振りを始めた。
一年生たちも、それぞれのメニューに取り組んでいく。
雪夜はしばらくテレビの画面を見つめていた。
画面には、全国大会の結果が表示されていた。
残りの準々決勝。
東栄高校。
呉稲見高校。
春日野学園高校。
それぞれが勝ち上がった。
佐藤秋一郎がいる東栄高校。
一ノ瀬京次郎がいる呉稲見高校。
鈴木草助がいる春日野学園高校。
そして、桜川守がいる中月大学付属高校。
佐藤秋一郎たちの世代が、全国大会準決勝を戦うことになった。
雪夜は、画面に並ぶ高校名を見つめながら、静かに思った。
(そうか……)
胸の奥に、言葉にしづらい感情が広がる。
(秋一郎と、京次郎と、草助が……全国で戦うのか……)
かつてのチームメイト。
同じ場所にいたはずの三人。
その三人が、今は全国の頂点を争う場所にいる。
(僕たちのチームメイトだった三人が、全国の頂点……か……)
雪夜は拳を握った。
遠い。
今の東鶴間には、あまりにも遠く感じる世界だった。
城南ヶ丘。
桜桜花。
その先に、中月大学付属。
東栄。
呉稲見。
春日野学園。
全国には、自分たちがまだ知らない強さがある。
だが、だからこそ。
雪夜は静かに息を吐き、グラウンドへ向かった。
今はまだ、届かない。
それでも、進まなければ届くことはない。
東鶴間高校野球部は、再び練習を始めた。
まずは来年、城南ヶ丘と桜桜花を倒すために。
そして、いつかその先の世界へ進むために。




