第239話 役職決めの終わり
キャプテン、高橋雪夜。
副キャプテン、六条遊人。
そして、もう一人の副キャプテン、白石広志。
ようやく、東鶴間高校野球部の新しい役職決めは終わった。
部室には、どこかやりきったような空気が流れていた。
だが、監督の九条咲は腕を組んだまま、部員たちを見渡した。
「お前たち……時間の使いすぎたぞ」
その一言で、野球部の面々は一斉に窓の外を見た。
空は、すでに茜色に染まっていた。
もうすぐ日が落ちようとしている。
部室に沈黙が流れた。
たしかに、時間を使いすぎていた。
キャプテンを決め、副キャプテンを決め、なぜか副副キャプテンの話まで出て、さらにもう一人の副キャプテンまで決めた。
練習をする時間は、ほとんど残っていなかった。
咲は小さくため息をつく。
「しょうがない。今日の練習はなしでいい」
雪夜は驚いて、咲を見た。
「いいんですか、監督」
「ああ」
咲は静かに頷く。
「役職決めも、大事なチーム作りの一つだからね」
その言葉に、部員たちは少しだけ安心した。
新チームとして動き出すためには、誰が中心になるのかを決めなければならない。
今日の時間は、決して無駄ではなかった。
野球部の面々は、それぞれ帰り支度を始めた。
雪夜は荷物をまとめながら、高柳龍二郎に声をかけた。
「龍二郎」
「なんだ?」
「去年と一緒とはいえ、君までふざけてくれるなんてね」
龍二郎は少しだけ肩をすくめた。
「まあ、今日ぐらいはいいだろう」
雪夜は小さく笑った。
「確かに、そうかもね」
いつもの龍二郎なら、ああいうくだりにはあまり乗らない。
だが今日は違った。
新チームが始まる日。
三年生がいなくなった寂しさが、まだ部室に残っていた日。
だからこそ、龍二郎も空気を少し明るくしようとしていたのかもしれない。
龍二郎は鞄を肩にかけながら言った。
「俺だって、チームワークは良くしたいからな」
雪夜は龍二郎を見る。
「……そうだね」
「それに」
龍二郎は少しだけ口元を緩めた。
「あのくだりは、面白いからな。たまにはいいと思うぞ」
その言葉に、雪夜は思わず笑った。
「龍二郎がそう言うなら、相当だね」
帰り支度を終えた者から、部室を出ていく。
新しいキャプテン。
新しい副キャプテン。
新しいチーム。
東鶴間高校野球部は、少しずつ前へ進もうとしていた。
その夜。
雪夜は自宅に帰り、風呂に入った。
夕飯を食べたあと、自室へ戻る。
机の上には、日記帳が置かれていた。
雪夜は椅子に座り、ペンを手に取った。
今日のことを書こうとして、少しだけ手が止まる。
キャプテンになった。
そう書くだけなら簡単だった。
だが、その言葉の重さは、思っていたよりずっと大きかった。
もう、進藤竜也はいない。
困った時、進藤キャプテンに頼ることはできない。
もう、田中三郎はいない。
試合で田中先輩が投げてくれることはない。
もう、中山太郎はいない。
中山先輩が正捕手としてマスクを被ってくれることもない。
三年生たちは引退した。
ここからは、自分たちのチームなのだ。
雪夜は日記にゆっくりと文字を書いていく。
もう、言い訳はできない。
来年、捕手が入部しなかったら、自分が正捕手になるしかない。
肩が弱い。
それは変わらない。
何度も傷ついてきた。
中学時代、その弱さから逃げたこともあった。
けれど、今はもう逃げられない。
いや。
逃げたくなかった。
自分はキャプテンになった。
みんなが選んでくれた。
進藤先輩も、田中先輩も、中山先輩も、自分に想いを託してくれた。
ならば、その想いに応えなければならない。
雪夜はペンを握る手に力を込めた。
東鶴間高校野球部を引っ張る者として。
そして、正捕手になるかもしれない者として。
覚悟を決めなければならない。
雪夜は日記の最後に、静かに書いた。
来年、城南ヶ丘と桜桜花に勝つ。
進藤キャプテンたちの願いを、必ず叶える。
そのために、僕はキャプテンとして、そして捕手として、強くなる。
書き終えた雪夜は、しばらく日記を見つめていた。
不安はある。
怖さもある。
それでも、もう立ち止まるわけにはいかなかった。
高橋雪夜は、静かに覚悟を決めていた。
自分が、東鶴間高校野球部を引っ張る者なのだということを。
そして、正捕手になる覚悟を。




