第238話 まさかの作戦参謀
キャプテンに高橋雪夜。
副キャプテンに六条遊人。
新しい東鶴間高校野球部の体制は、ようやく決まった。
誰もがそう思っていた。
だが――。
キャプテンとなった雪夜と、副キャプテンとなった六条は、なぜかまだ真面目な顔で話し合っていた。
「副キャプテンまで決まったけど……新しい作戦参謀を決めないとね」
雪夜が当然のように言う。
六条も真剣な表情で頷いた。
「そうだね。去年は雪夜が作戦参謀だったけど、雪夜がキャプテンになった以上、新しい作戦参謀を決めないとね」
部室の空気が、妙なものになった。
野球部の面々は、心の中で同じことを思っていた。
(この二人……本気で役職を決めようとしている……)
キャプテン。
副キャプテン。
副副キャプテン。
作戦参謀。
このまま放っておけば、役職だけが増え続けるのではないか。
そんな不安すら漂っていた。
その時だった。
一年生の白石広志が、静かに手を挙げた。
「雪夜さん、六条先輩……少しいいでしょうか」
雪夜は広志を見る。
「なんだい、広志」
そして、少し期待したように言った。
「作戦参謀になってくれるのかい」
広志は落ち着いた口調で首を横に振った。
「いえ。作戦参謀は、雪夜さんより優れた人がいないので……廃止にしてもいいと思います」
その瞬間、野球部の面々は心の中で叫んだ。
(いいぞ、広志……)
誰も口には出さなかったが、明らかに空気が広志を応援していた。
雪夜は少し考え込む。
「そうなると……このくだりが終わってしまうけど……」
(終わっていいんだよ)
部員たちは、またしても心の中で突っ込んだ。
だが、広志はさらに続けた。
「ならば……もう一人、副キャプテンを決めるのはどうでしょうか」
部室の空気が止まった。
(おい、広志……役職が減ってないぞ)
今度は全員がそう思った。
雪夜は、納得したように手を打つ。
「なるほど。その手があったか」
(納得するなよ)
高柳龍二郎が、心の中で静かに突っ込んだ。
雪夜はそのまま言う。
「なら、もう一回投票をしよう」
すると、広志はすぐに首を横に振った。
「いえ、それには及びません」
「どういうことだい、広志」
雪夜が尋ねると、広志は真っ直ぐに答えた。
「僕が副キャプテンに立候補するからです」
その瞬間、野球部の面々は再び思った。
(いいぞ、広志)
今度は、本当に助かったという空気だった。
雪夜は少しだけ腕を組む。
「うーん……投票をして、嫌がるくだりをするのが我が野球部の伝統なんだけど……」
「そんな伝統、いらないでやんす」
新井元気が小さく呟いた。
雪夜は少し笑った。
「まあ、いいか」
そして、広志を見る。
「広志。もう一人の副キャプテンとして、お願いするよ」
広志は背筋を伸ばした。
「はい!」
白石広志は、部員たちの方を向く。
「と、いうわけで……一年生だけど、副キャプテンとして頑張ります。これからよろしくお願いします」
部室に拍手が起きた。
一年生たちは少し誇らしそうに広志を見ていた。
二年生たちも、広志の落ち着いた態度に納得していた。
キャプテン、高橋雪夜。
副キャプテン、六条遊人。
そして、もう一人の副キャプテン、白石広志。
新しい東鶴間高校野球部の体制が、今度こそ本当に決まりかけていた。
だが――。
雪夜はまだどこか名残惜しそうに言った。
「でっ……本当に終わり?」
その言葉に、部員たちは一斉に雪夜を見る。
六条は苦笑しながら答えた。
「仕方ないよ。副副キャプテンを決めるくだりは終わっていたし……さびしいけど、これで終わりにしよう」
「いや、さびしくはないだろ」
高柳がすぐに突っ込む。
部室に笑いが起きた。
重かった空気は、もうほとんど消えていた。
三年生が引退し、進藤たちの背中が遠くなった。
城南ヶ丘と桜桜花という大きな壁は、まだ目の前にある。
それでも、東鶴間高校野球部は、新しい形で歩き出そうとしていた。
少し頼りないキャプテン。
真面目すぎる副キャプテン。
そして、一年生ながら自ら立候補したもう一人の副キャプテン。
こうして、本当に役職決めは終わったのであった。




