第237話 副主将
夏目真衣を副キャプテンに投票する恒例のくだりも終わり、東鶴間高校野球部の面々は、今度こそ真面目に副キャプテンを決めることになった。
再び投票用紙が配られる。
今度はふざけない。
誰が新キャプテンとなった高橋雪夜を支えるのか。
誰が、これからの東鶴間高校野球部を共に引っ張っていくのか。
部員たちは、それぞれ考えながら名前を書いた。
投票が終わると、開票はキャプテンに就任したばかりの雪夜が行うことになった。
雪夜は投票用紙を前にして、少しだけ苦笑する。
(まさか……キャプテンになって二度目の仕事も、開票とはね……)
それでも、これもキャプテンの仕事なのだろう。
雪夜は一枚ずつ票を確認し、集計していった。
そして、開票が終わる。
部室の視線が雪夜へ集まった。
「それでは、発表します」
雪夜は紙を見ながら、最初の名前を読み上げた。
「白石広志、一票」
一年生の白石広志に一票が入った。
その瞬間、一年生たちの間に少しだけざわめきが起きる。
一年生でも票が入る。
候補は本当に全員なのだと、改めて分かったからだった。
白石は少し驚いたように目を瞬かせた。
だが、雪夜は続ける。
「……六条遊人、十三票」
部室の空気が止まった。
圧倒的多数。
副キャプテンは、六条遊人で決まりだった。
九条咲も頷く。
「六条で決まりだな」
だが、その瞬間だった。
六条遊人が勢いよく立ち上がった。
「嫌です!」
部室中の視線が六条へ向く。
六条は必死な顔で続けた。
「お願いですから、違う人にしてください!」
雪夜も、咲も、部員たちも驚いていた。
咲は静かに尋ねる。
「なぜだ、六条」
六条は唇を噛んだ。
そして、ゆっくりと話し始める。
「僕は一年間、副キャプテンをして……進藤キャプテンを支えることが出来ませんでした」
その声には、悔しさが滲んでいた。
「チームが苦しんでいる時に、僕は打撃でも結果を残せなかったし……そんな僕が副キャプテンに務まるとは思えません」
部室が静かになる。
六条は去年から副キャプテンだった。
進藤竜也を支える立場にいた。
けれど、本人の中では、支えきれなかったという思いが残っていた。
城南ヶ丘戦でも、六条は悔しい結果に終わった。
だからこそ、また副キャプテンを任されることが怖かった。
咲は六条を見つめたまま言う。
「なら六条」
「はい……」
「お前より副キャプテンに向いている者はいるのか?」
六条は言葉に詰まった。
そして、考えた。
高柳龍二郎。
打者としては頼りになる。
だが、龍二郎は背中で引っ張るタイプで、全員を細かくまとめる役割には向いていない。
天宮真十郎。
東鶴間のエース。
ただでさえ投手として大きな責任を背負っている。
これ以上、負担を増やすのは難しい。
新井元気。
明るく、チームの空気を変えられるムードメーカー。
だが、本人も言っていた通り、キャプテンや副キャプテンという役割には向いていない。
一年生に任せるには、まだ早い。
マネージャーの夏目真衣は優秀だが、先ほどのくだりで本人が全力で否定していた。
そう考えていくと、答えは一つしかなかった。
六条は小さく息を吐いた。
「……やっぱり、僕が副キャプテンになります」
咲は静かに頷く。
「そうか。副キャプテンをやってくれるか」
「はい」
六条は顔を上げた。
「今度こそ、キャプテンを支えたいと思います」
その言葉に、雪夜は少しだけ目を見開いた。
自分を支える。
六条はそう言ってくれた。
六条は部員たちの方を向く。
「これからも、副キャプテンとして、頑張ります」
部室に拍手が起きた。
雪夜の時と同じように、最初は小さく。
やがて、大きく。
六条遊人は、再び東鶴間高校野球部の副キャプテンとなった。
雪夜は安心したように笑う。
「六条、よろしくね」
「こちらこそ、雪夜」
新キャプテンと副キャプテン。
二人が並んだことで、新しい東鶴間高校野球部の形が少しずつ見えてきた。
だが――。
六条は咳払いをすると、真面目な顔で言った。
「と、いうわけで……副副キャプテンを決めたいと思います」
部室の空気が、再び止まった。
そして次の瞬間、二年生たちが一斉に突っ込んだ。
「それ、去年も言ってただろ!」
六条は少しだけ笑った。
「いや、流れとしては必要かなと思って」
「必要ないでやんす!」
元気がすぐに叫ぶ。
高柳も呆れたように言った。
「副キャプテンまで決めたんだから、もういいだろう」
天宮も苦笑する。
「さすがに副副キャプテンは増やしすぎだね」
部室に笑いが広がった。
三年生が引退し、重く沈んでいた空気。
城南ヶ丘と桜桜花という大きな壁を前にした不安。
それでも、東鶴間高校野球部には、少しずつ明るさが戻っていた。
新キャプテン、高橋雪夜。
副キャプテン、六条遊人。
不安はある。
頼りないところもある。
けれど、このチームはまた前へ進もうとしていた。
進藤竜也、田中三郎、中山太郎から託された願いを胸に。
城南ヶ丘と桜桜花を越えるために。
新しい東鶴間高校野球部が、ここから始まろうとしていた。




