第236話 まさかの副主将
高橋雪夜が東鶴間高校野球部の新しいキャプテンに決まった。
拍手が収まり、少しだけ部室の空気が落ち着いた頃。
雪夜は改めて、部員たちを見渡した。
「と……いうわけで、副キャプテンを決めようと思います」
その言葉に、部室の中がざわついた。
キャプテンが決まったばかりだというのに、すぐに副キャプテン決め。
しかも、その流れは去年とほとんど同じだった。
雪夜は少し照れくさそうにしながらも、真面目な顔で続ける。
「僕の一存で決めるわけにはいかないから……まずは話し合おうと思います」
副キャプテンの候補は、一年生も含めた野球部全員。
選手だけではなく、マネージャーも含めて考えることになった。
だが――。
キャプテンを決めるだけでも、あれほど時間がかかったのだ。
副キャプテンがすんなり決まるはずもなかった。
六条遊人がいいのではないか。
いや、雪夜を支えるなら高柳龍二郎ではないか。
天宮真十郎はエースだから厳しい。
新井元気はムードメーカーではあるが、本人が全力で否定する。
一年生から選ぶのは早すぎるのではないか。
話はまとまらなかった。
雪夜は少し困った顔で、九条咲を見る。
「監督、どうしましょうか」
咲は腕を組み、ため息をついた。
「仕方ない……多数決で決めるか」
こうして、副キャプテンも多数決で決めることになった。
今度の開票は、キャプテンとなった雪夜が行うことになった。
雪夜は集められた紙を前にして、心の中で呟く。
(まさか……キャプテンの最初の仕事が、開票とはね……)
少しだけ不安になる。
だが、これもキャプテンの仕事なのだろう。
雪夜は一枚ずつ票を確認していった。
やがて、開票が終わる。
雪夜は紙を揃え、結果を発表しようとした。
その時だった。
二年生たちの間に、妙な空気が流れていた。
六条遊人。
高柳龍二郎。
天宮真十郎。
新井元気。
そして雪夜。
その五人は、うすうす分かっていた。
この副キャプテン決めには、あるしきたりがあることを。
雪夜は少しだけ目を伏せてから、結果を読み上げる。
「えっー……六条遊人、一票」
六条は静かに頷いた。
「僕に一票か」
その声は落ち着いていた。
だが、部室の空気は妙にざわついている。
雪夜は次の結果を見て、少しだけ苦笑した。
「……夏目真衣……十三票」
その瞬間。
夏目真衣が立ち上がった。
「……えっ……また私っ!?」
部室に笑いが起きた。
真衣は信じられないという顔で、部員たちを見回す。
「ちょっと待って。去年もこれやったよね?」
そう。
去年も、夏目真衣は自分以外の全員から票を入れられていた。
そして今年も、同じことが起きた。
去年いなかった小山唯。
一年生の浮田総二、白石広志、竹田栄司、夏目海、伯方歩夢、早田士郎、高柳冬美。
彼らも、真衣がいないところで、このくだりを教えられていたのだ。
高柳龍二郎が当然のように言う。
「そりゃあ、そうだろう」
六条遊人も頷く。
「一番、野球部を見ていたのは真衣ちゃんだからね」
新井元気も笑いながら言った。
「ムードメーカーでもあるじゃん」
天宮真十郎も少しだけ笑う。
「去年と同じくだりは、もはや風物詩だね」
浮田総二も真面目な顔で言った。
「副キャプテンに向いていると思うがのう」
真衣は慌てて首を横に振る。
「ちょっと待って。私はマネージャーだよ。副キャプテンなんて無理だよ……って、これも去年言ったじゃない」
その言葉に、さらに笑いが起きた。
九条咲も、少し呆れたように笑う。
「まあ……これも風物詩になっているな」
「監督まで……」
真衣は肩を落とした。
だが、次の瞬間。
咲の声が低くなる。
「まあ、でも……お前たち」
部室の空気がぴたりと止まった。
咲は腕を組んだまま、全員を見渡す。
「ふざけるのもいいが、私が黙っているうちに……ちゃんとやりなさい」
その一言で、野球部の面々は一斉に背筋を伸ばした。
「……すいませんでした……」
全員が素直に謝る。
真衣はため息をつきながら椅子に座り直した。
雪夜も苦笑しながら、投票用紙をまとめる。
少しだけ笑いが戻った。
けれど、決めなければならないことは変わらない。
新キャプテンとなった高橋雪夜を支える者。
新しい東鶴間高校野球部を、共に導く副キャプテン。
今度こそ、本当に決めなければならなかった。




