第233話 これからのこと
県大会決勝。
城南ヶ丘学園高校対桜桜花高校。
その試合を見終わった東鶴間高校野球部の面々は、部室で静まり返っていた。
テレビには、県大会を制した城南ヶ丘学園高校の選手たちが映っている。
優勝旗を掲げる姿。
歓喜に包まれるベンチ。
マウンドで仲間たちに囲まれる桐原礼二。
それを、東鶴間の選手たちはただ黙って見つめていた。
しばらくして、六条遊人が小さく呟いた。
「なんか……すごい試合だったね」
その声で、ようやく部室の空気が少しだけ動いた。
高橋雪夜は画面を見つめたまま答える。
「そうだね……まさか礼二さんが完封するとは……」
城南ヶ丘学園高校は、桜桜花高校を2対0で下した。
桐原礼二は、県大会決勝という大舞台で完封をやり遂げた。
それは、東鶴間が準々決勝で戦った相手が、ただ強かっただけではないことを証明していた。
六条は腕を組みながら言う。
「うちは……桐原さんから五点も取ったのが、すごいのか分からなくなるよ」
雪夜は少しだけ苦笑した。
「まあ……あれは遊希の失策も絡んで、点を取れたところもあるからね……」
東鶴間は城南ヶ丘から五点を奪った。
だが、その得点の多くは、六本遊希がセカンドに入ったことで生まれた綻びからだった。
純粋に桐原礼二を打ち崩したとは言い切れない。
それが分かるからこそ、雪夜の声は少し重かった。
テレビでは、城南ヶ丘学園高校の選手たちが優勝旗を掲げていた。
その姿を見て、六条がぽつりと言う。
「僕たち……来年は、勝てるのかなぁ……」
誰もすぐには答えられなかった。
城南ヶ丘学園高校。
桜桜花高校。
どちらも、東鶴間が越えられなかった相手だった。
去年は桜桜花に敗れた。
今年は城南ヶ丘に敗れた。
その二校が決勝で戦い、城南ヶ丘が県大会を制した。
自分たちが目指さなければならない場所が、あまりにも高く見えた。
それでも、雪夜は静かに言った。
「それが、進藤キャプテンと田中先輩と中山先輩の願いだから……」
その言葉に、部室の空気が変わった。
選手たちは、引退式での進藤竜也の言葉を思い出していた。
来年は、城南ヶ丘と桜桜花に勝ってほしい。
それは進藤だけの願いではなかった。
田中三郎の願いでもあり。
中山太郎の願いでもあり。
三年生たちが、後輩に託した想いだった。
高柳龍二郎は黙ってテレビを見つめていた。
新井元気は拳を握っていた。
天宮真十郎も、どこか悔しそうな表情をしていた。
浮田総二や伯方歩夢たち一年生も、何も言えずにいた。
その時だった。
部室の扉が開いた。
入ってきたのは、監督の九条咲だった。
「みんな、揃っているな」
選手たちは一斉に咲を見る。
咲はテレビに映る城南ヶ丘の優勝場面を一度見てから、選手たちへ視線を戻した。
「これからのことを、話そうと思う」
部室の空気が引き締まる。
城南ヶ丘と桜桜花。
来年、越えなければならない相手。
新チームとして、何をすべきか。
選手たちは、それを聞くのだと思っていた。
だが、咲は続けて言った。
「だが、その前に決めなければならないことがある」
選手たちは顔を見合わせた。
何のことか分からなかった。
咲は少しだけ呆れたように息を吐く。
「去年もそうだったが……」
そして、はっきりと言った。
「お前たち、次のキャプテンを決めていないだろう」
その瞬間。
部室の空気が止まった。
誰かが小さく息を呑む。
そして、何人かが同時に思っていた。
(……あっ……)
去年もそうだった。
三年生の渡辺貴明が引退したあと、次のキャプテンをすぐには決めていなかった。
そして今年も。
進藤竜也が引退したあと、誰が新チームを引っ張るのか、まだ決めていなかった。
高柳が視線をそらす。
六条が苦笑する。
元気は「ああ……」と小さく呟いた。
雪夜も、思わず目を伏せた。
大事なことなのに、誰も口にしていなかった。
咲は腕を組みながら言う。
「だから、次のキャプテンを決めようと思う」
部室の中に、再び緊張が走った。
進藤竜也がいなくなった。
田中三郎も、中山太郎も引退した。
もう、三年生に頼ることはできない。
ここからは、二年生と一年生だけで進まなければならない。
誰がキャプテンになるのか。
誰が、この東鶴間高校野球部を導くのか。
城南ヶ丘と桜桜花に挑む新しいチームの中心を、今、決めなければならなかった。




