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第227話 礼二と礼里

 試合が終わり、自宅に戻った桐原礼二と桐原礼里。


 玄関を開けた瞬間、球場の熱気が少しずつ遠ざかっていくようだった。


 城南ヶ丘学園高校は勝った。


 準決勝へ進んだ。


 だが、七回を投げきった礼二の身体には、疲労が重く残っていた。


 礼二はリビングへ向かうと、そのままソファーに腰を下ろした。


 深く息を吐く。


 礼里も少し遅れてリビングに入り、兄の隣に座った。


「兄さん……お疲れ様」


「ああ……大変だったけど、なんとか勝ててよかったよ」


 礼二はそう言って、少しだけ笑った。


 東鶴間高校は簡単な相手ではなかった。


 高柳龍二郎には打たれた。


 高橋雪夜にも何度も出塁された。


 六本遊希の守備から流れが傾きかけた。


 それでも、勝った。


 勝ちきった。


 城南ヶ丘のエースとして、礼二は役目を果たした。


 しばらく沈黙が続いた。


 そのあと、礼里が小さく口を開く。


「それと……元気のことで迷惑をかけて、ごめんなさい」


 礼二は妹を見る。


 礼里は俯いていた。


 試合中、礼二は新井元気に対してだけ、明らかに感情を込めて投げていた。


 絶対に打たせない。


 礼里の前で打たせない。


 その思いが、礼二の投球には出ていた。


 だが、礼二は首を横に振る。


「気にするなよ」


「でも……」


「元気のことは、俺個人のことだから」


 礼里は少しだけ顔を上げた。


 礼二はまっすぐ前を見たまま言う。


「お前が悪いわけじゃない」


 その言葉に、礼里は唇を噛んだ。


 そして、ゆっくりと話し始める。


「私ね……元気が唯に告白して、恋人になったことを知って……悲しかった」


「礼里……」


 中学二年生の冬。


 新井元気が小山唯に告白した。


 そして、二人は恋人になった。


 その日から、礼里は苦しんでいた。


 好きだった。


 でも、言えなかった。


 言えないまま、元気は唯を選んだ。


 祝福しなければならないと分かっていた。


 けれど、胸の奥は痛かった。


 どうしようもなく、悲しかった。


 礼里は小さく息を吐いた。


「だから……兄さんがいてくれて……よかったと思うよ」


 礼二は妹の言葉を静かに聞いていた。


 そして、短く答える。


「ああ……俺もだぞ」


 その言葉に、礼里は少しだけ目を細めた。


「兄さんは、いつもそうだね」


「ん?」


「私が小学生の時、意地悪されていた時も、助けに来てくれたよね」


 礼二は少し驚いたように礼里を見る。


 礼里は懐かしそうに話した。


 小学生の頃の礼二は、野球も勉強もできた。


 運動会でも目立ち、テストの点も良く、周囲から褒められることが多かった。


 女子からも好かれていた。


 そんな礼二を気に食わない男子たちがいた。


 直接礼二に向かう勇気はなかった。


 だから、彼らは礼里に意地悪をした。


 礼二の妹だから。


 それだけの理由で。


 礼里は何も悪くなかった。


 それでも、嫌な言葉を投げられ、怖くて泣きそうになっていた。


 その時、助けに来たのが礼二だった。


 礼二は怒っていた。


 普段は穏やかな兄が、あの時だけは本気で怒っていた。


 礼里は、その背中を今でも覚えていた。


「兄さん、あの時も怖かったよ」


「俺が?」


「うん。相手の子たち、完全に黙ってた」


 礼二は少しだけ苦笑した。


「そりゃ、怒るだろ」


 礼里は兄を見る。


 礼二は当たり前のように言った。


「大切な妹なんだから」


「兄さん……」


 礼里は小さく呟いた。


 その声には、感謝と安心が滲んでいた。


 礼二は少しだけ照れたように視線をそらす。


「悪い。先に風呂に入るわ」


 そう言って、礼二は立ち上がった。


 疲れた身体を引きずるように、風呂場へ向かう。


 礼里は、その後ろ姿を見つめていた。


「兄さん……」


 小さく呼んでも、礼二は振り返らなかった。


 けれど、その背中は昔と同じだった。


 小学生の頃、意地悪から守ってくれた背中。


 中学二年生の冬、失恋で苦しんでいた自分のそばにいてくれた背中。


 そして今日、元気にだけは打たせないと投げ続けてくれた背中。


 礼里にとって、その背中はいつだって頼もしかった。

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