↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
223/324

第223話 三年生、夏の終わり

 城南ヶ丘学園高校に敗れた東鶴間高校野球部の面々は、ベンチの前に集まっていた。


 誰も、すぐには言葉を発しなかった。


 泣いている者。


 俯いている者。


 ただ呆然とグラウンドを見つめている者。


 それぞれが、敗北を受け止めようとしていた。


 そんな選手たちの前で、監督の九条咲は静かに口を開いた。


「……みんな」


 咲の声は、少し震えていた。


「よく、頑張ってくれた」


 選手たちは、黙って咲の言葉を聞いていた。


 県大会準々決勝。


 前年を超える場所まで来た。


 去年の三年生たちが願った「今年より勝ってくれ」という言葉を、東鶴間は確かに叶えた。


 それでも、最後は城南ヶ丘学園高校に七回コールドで敗れた。


 その現実は、重かった。


 咲は唇を噛み、少しだけ目を伏せた。


「……何を言えばいいのか、正直迷っているんだ」


 選手たちは何も言わない。


 ただ、監督の言葉を待っていた。


「県大会準々決勝まで来られた。去年よりも先へ進めた。それは、みんなが頑張ってくれたからだ」


 咲はそこで、一度言葉を切った。


 そして、深く息を吐く。


「でも……二年連続でコールド負けをした」


 その言葉に、何人かの選手が小さく肩を震わせた。


 去年は桜桜花高校に五回コールド負け。


 今年は城南ヶ丘学園高校に七回コールド負け。


 弱小校だった東鶴間が、強豪校と戦えるところまで来た。


 だが、まだ届かなかった。


「私の至らないところがあったせいで、みんなを負けさせてしまった」


 咲は選手たちに頭を下げた。


「申し訳なかった」


 その瞬間、キャプテンの進藤竜也が顔を上げた。


「監督……」


 進藤の声は震えていた。


「そんなことないですよ」


 咲は顔を上げる。


 進藤の目には涙が浮かんでいた。


 田中三郎も、ゆっくりと言葉を続ける。


「そうですよ。俺がどれだけ失点しても、監督は俺を使い続けてくれました」


 田中は悔しそうに笑った。


「俺……嬉しかったです。最後まで投げさせてもらえて」


 その隣で、中山太郎が涙を拭った。


「俺も……失点させてしまったけど」


 中山は声を詰まらせる。


「監督は、こんな俺を正捕手と言ってくれました」


 それは、中山にとって救いの言葉だった。


 高橋雪夜という捕手がいる中で、自分が正捕手でいいのかと何度も悩んだ。


 この試合でも、何度も打たれた。


 何度も揺さぶられた。


 それでも、咲は自分を最後まで正捕手として扱ってくれた。


「だから……感謝しています」


 中山は涙を流しながら、そう言った。


 進藤は咲を真っ直ぐに見た。


「僕たちは……監督と出会い、野球をしてきたことを……誇りに思っています」


 その言葉を聞いた瞬間、咲の表情が崩れた。


 進藤も泣いていた。


 田中も泣いていた。


 中山も泣いていた。


 三年生たちは、悔しさと感謝を抱えながら、涙を流していた。


 咲は、もう平静ではいられなかった。


「……お前たち」


 声が震える。


「こんな不甲斐ない監督について来てくれて……ありがとう」


 咲も、涙をこぼしていた。


 監督として、もっとできることがあったかもしれない。


 勝たせてやりたかった。


 三年生たちの夏を、もう少しだけ続けさせてやりたかった。


 だが、それは叶わなかった。


 それでも、選手たちは咲を責めなかった。


 むしろ、感謝を伝えてくれた。


 その事実が、咲の胸を強く締めつけていた。


 東鶴間高校野球部は、県大会準々決勝まで来た。


 去年よりも先へ進んだ。


 だが、強豪校の壁に阻まれた。


 そして今、進藤竜也、田中三郎、中山太郎たち三年生の夏が、静かに終わりを告げようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。