第217話 城南ヶ丘戦、七回表、前半
七回表。
東鶴間高校の攻撃。
スコアは3対10。
この回、一点でも取れなければ、七回コールドで試合終了となる。
打席には二番、高橋雪夜。
左打席に入る雪夜を、マウンドの桐原礼二は静かに見つめていた。
(はは……雪夜はここまで全打席ヒットか)
礼二は心の中で苦笑する。
高橋雪夜。
肩は弱い。
だが、それ以外の能力は本物だった。
捕手としても。
打者としても。
(安高をスカウトしたけど……雪夜もスカウトしておけばよかったな)
そんなことを思うほど、雪夜はこの試合で存在感を放っていた。
一方、捕手の若田部安高は慎重にミットを構える。
(ここでコールドにするなら……ホームランは避けたい)
雪夜に長打を浴びれば、流れが変わる可能性がある。
まして、ここで一点を取られればコールドは回避される。
若田部は外角低めに構えた。
礼二の初球。
外角低めのストレート。
決して甘い球ではなかった。
だが――。
雪夜は逆らわず、綺麗に振り抜いた。
打球は左中間へ飛んでいく。
外野手が追う。
しかし、打球はその間を破った。
二塁打。
ノーアウト、ランナー二塁。
東鶴間高校ベンチが大きく沸いた。
「雪夜!」
「ナイスバッティング!」
「まだ終わってないぞ!」
高橋雪夜が、東鶴間の夏を繋いだ。
三番、新井元気。
左打席へ向かう元気を見た瞬間、礼二の目つきが変わった。
(……絶対に打たせない)
礼二は胸の奥で呟く。
(礼里の前で、絶対に……)
元気が悪いわけではない。
それは分かっている。
だが、妹の礼里が傷ついたことを、礼二は忘れていない。
だからこそ、元気にだけは打たせない。
その意地だけで、礼二は腕を振った。
初球。
内角のスライダー。
元気は見逃した。
「ストライク!」
二球目。
外角高めのストレート。
元気はなんとかバットに当てる。
だが、打球はファウル。
ツーストライク。
またしても、元気は追い込まれた。
若田部はミットを構えながら、配球を考える。
礼二は元気相手になると、明らかに力が入る。
それは分かっていた。
だからこそ、ここは慎重にいきたい。
三球目。
低めのスローカーブ。
元気はなんとか見送った。
「ボール!」
ツーストライク、ワンボール。
四球目。
高めのストレート。
わずかにボール気味だった。
だが、元気は反応してしまう。
バットが空を切った。
「ストライク! バッターアウト!」
空振り三振。
ワンアウト。
礼二は小さく息を吐いた。
(よし……なんとかアウトに出来た……)
また、元気を抑えた。
礼里の前で打たせなかった。
その事実に、礼二は少しだけ安心していた。
四番、天宮真十郎。
右打席に入る天宮を前に、若田部は気持ちを切り替えようとした。
だが、その時にはもう、礼二の体には限界が近づいていた。
初球。
外角のストレート。
天宮はそれを逃さなかった。
鋭く打ち返す。
打球は外野へ抜け、ヒットとなった。
二塁ランナーの雪夜は三塁で止まる。
ワンアウト、ランナー三塁一塁。
東鶴間高校は、コールド回避の大きなチャンスを作った。
その瞬間、若田部安高は異変に気づいた。
(まさか……)
マウンドの礼二を見る。
肩で息をしている。
ほんのわずかだが、球にいつもの力がない。
(礼二さん……体力がもう……)
ここまで礼二は投げ続けてきた。
新井元気には、感情を乗せて全力投球を続けていた。
六本遊希のエラーで球数も増えた。
長いイニングを投げ、打席でも結果を残し、走者としても動いた。
その積み重ねが、礼二の体力を確実に削っていた。
城南ヶ丘のエース。
桐原礼二。
その男にも、限界はある。
そして打席には五番、浮田総二。
左打席へ向かう浮田を、東鶴間ベンチの全員が見つめていた。
ワンアウト、ランナー三塁一塁。
スコアは3対10。
ここで一点を取れば、コールドは回避される。
東鶴間高校の夏は、まだ続く。
浮田総二はバットを握り直し、静かに打席へ入った。




