第214話 城南ヶ丘戦、六回表、配置転換
六本遊希の連続エラーにより、スコアは3対9となっていた。
なおもワンアウト、ランナー三塁一塁。
城南ヶ丘学園高校の内野陣は、マウンドに集まっていた。
球場はざわついている。
観客の中には、こう思っている者もいた。
(多分……六本を交代させるんだろうな)
それほどまでに、六本遊希の状態は悪かった。
セカンドゴロのトンネル。
二塁ベースでの捕球ミス。
一塁ベースカバーでの捕球ミス。
さらに、代打・伯方歩夢の打球でもお手玉と悪送球。
誰の目にも、六本遊希が限界に近いことは明らかだった。
高橋雪夜は、セカンドの守備位置から遊希を見ていた。
(すまない、遊希……)
胸の奥が痛む。
かつての仲間。
そして、今は敵。
遊希が苦しんでいることは分かっている。
それでも――。
(それでも、コールドにするわけにはいかないんだ)
東鶴間高校は、まだ負けたわけではない。
しかし、雪夜は心のどこかで分かっていた。
いや。
東鶴間の選手たちの多くも、同じことを感じていたのかもしれない。
この試合は、もう勝てないかもしれない。
点差は六点。
相手は城南ヶ丘。
マウンドには桐原礼二。
それでも、ここで終わるわけにはいかなかった。
コールド負けだけは、避けなければならない。
マウンドでは、城南ヶ丘の内野陣が集まっていた。
六本遊希は俯きながら、声を絞り出す。
「礼二さん……すみません」
桐原礼二は、遊希を責めなかった。
「仕方ない」
静かな声だった。
「まだ六点差もある。気にするな」
その言葉に、遊希はわずかに顔を上げた。
だが、表情はまだ硬い。
グローブを握る手は震えていた。
すると、城南ヶ丘の監督が審判へ近づいた。
守備位置の変更を告げる。
誰もが思った。
六本遊希を交代させるのだろう、と。
だが――。
そうではなかった。
アナウンスが流れる。
セカンドの六本遊希がショートへ。
ショートの山野翔太がセカンドへ。
守備位置の変更。
交代ではなく、配置転換だった。
東鶴間ベンチがわずかに反応する。
雪夜も、静かに目を細めた。
(ショートに戻した……)
その意味は、すぐに分かった。
六本遊希は、セカンドでは崩れる。
だが、本来のポジションはショート。
ショートなら、まだ守れる。
いや――。
城南ヶ丘は、そう判断したのだ。
監督はマウンドへ向かい、遊希の前に立った。
「六本」
「……はい」
「お前にショートを守らせる」
遊希は顔を上げた。
監督は真っ直ぐに言う。
「本来のお前なら、任せられる」
その言葉に、遊希の目がわずかに揺れた。
「……分かりました」
声は小さかった。
だが、先ほどよりはっきりしていた。
遊希はセカンドではなく、ショートの守備位置へ向かう。
一歩ずつ。
自分の本来の場所へ戻っていく。
礼二はそれを見届けると、マウンドへ戻った。
若田部安高もマスクを被り直す。
城南ヶ丘の守備が、再び形を取り戻していく。
東鶴間に来かけていた流れ。
六本遊希のエラーから生まれた綻び。
それは、城南ヶ丘の守備位置変更によって、止められようとしていた。
まだワンアウト。
ランナー三塁一塁。
スコアは3対9。
東鶴間高校にとって、ここが最大の好機だった。
だが同時に――。
この好機を逃せば、二度と流れは来ないかもしれない。
試合は、再び大きな分岐点を迎えていた。




