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第213話 城南ヶ丘戦、六回表、前半

 六回表。


 東鶴間高校の攻撃。


 打席には四番、天宮真十郎。


 マウンドの桐原礼二は、投球に入る前にセカンドの方を見た。


 そこにいるのは、六本遊希。


(……大丈夫か?)


 礼二の胸に、嫌な予感が残っていた。


 だが、試合は待ってくれない。


 礼二は若田部安高のサインに頷き、天宮へ投げ込んだ。


 天宮はなんとかバットに当てる。


 打球は力なく転がった。


 セカンドゴロ。


 普通なら、何でもない打球だった。


 しかし――。


 セカンドの六本遊希が、そのボテボテのゴロをトンネルした。


 ボールは外野へ転がっていく。


「エラー!」


 ノーアウト、一塁。


 城南ヶ丘ベンチの空気が、わずかに揺れた。


 その様子を見ていた高橋雪夜は、静かに目を細める。


(……今のは)


 ただのエラーにしては、何かがおかしかった。


 動きが硬い。


 捕る前から、身体が逃げているように見えた。


 五番、浮田総二。


 浮田は打席に入り、礼二の球を打ち返した。


 打球はショートへ転がる。


 ショートゴロ。


 今度こそダブルプレー。


 そう思われた。


 ショートの山野翔太が捕球し、二塁へ送球する。


 だが――。


 二塁ベースに入った六本遊希は、その送球をグローブで弾いてしまった。


 ボールが転々と転がる。


 二つ目のエラー。


 ノーアウト、一塁二塁。


 球場がざわめき始めた。


 城南ヶ丘の守備に、明らかな異変が起きていた。


 高橋雪夜は、その光景を見て確信に近いものを抱いた。


(遊希……セカンドが駄目なのか)


 雪夜はすぐに進藤竜也へ近づいた。


「進藤キャプテン……」


 そして、耳打ちする。


 進藤は少しだけ目を見開いたが、すぐに頷いた。


「……分かった」


 そして、打席へ向かった。


 ノーアウト、一塁二塁。


 六番、進藤竜也。


 右打席へ入る進藤を見て、桐原礼二は警戒した。


 流れが悪い。


 それは礼二にも分かっていた。


 進藤は礼二のストレートにバットを合わせる。


 バント。


 打球は、投手と一塁の間へ転がった。


 ファーストの牧歳数が前に出て捕球する。


 一塁ベースには、六本遊希が入っていた。


 牧は迷わず送球する。


 だが――。


 遊希はその送球を捕れなかった。


 ボールが再び転がる。


 三つ目のエラー。


 その間に、二塁ランナーの天宮真十郎が三塁を蹴る。


 そしてホームイン。


 東鶴間高校、二点目。


 スコアは2対9。


 なおもノーアウト、ランナー二塁三塁。


 城南ヶ丘の空気が、はっきりと変わった。


 七番、中山太郎。


 中山はなんとか食らいつこうとした。


 だが、桐原礼二もここで踏ん張る。


 力のあるストレートとフォークで中山を三振に仕留めた。


 ワンアウト。


 それでも、ピンチは続いていた。


 八番、夏目海の打順。


 ここで東鶴間ベンチが動く。


 九条咲監督は、代打を告げた。


「代打、伯方歩夢」


 夏目海に代わり、伯方歩夢が打席へ向かう。


 その途中、雪夜が歩夢へ近づいた。


「歩夢……」


 雪夜は短く耳打ちする。


 歩夢は一瞬だけセカンドの六本遊希を見る。


 そして、静かに頷いた。


「……分かりました」


 左打席へ入る歩夢。


 桐原礼二は歯を食いしばりながら投げ込んだ。


 ストレート。


 歩夢はそれを引っ張った。


 打球はセカンドへ飛ぶ。


 六本遊希の正面だった。


 遊希はすぐに捕球した。


 今度こそアウト。


 そう思われた。


 だが――。


 遊希はボールをお手玉した。


 ホームへ投げることができない。


 焦った遊希は一塁へ送球する。


 しかし、その送球は逸れた。


 一塁もセーフ。


 その間に三塁ランナーがホームへ帰る。


 東鶴間高校、三点目。


 スコアは3対9。


 なおもワンアウト、ランナー三塁一塁。


 城南ヶ丘ベンチは、明らかにざわついていた。


 さっきまで圧倒していた試合。


 八点差だった試合。


 それが、六本遊希のセカンド起用をきっかけに、少しずつ崩れ始めている。


 桐原礼二はマウンドで奥歯を噛みしめた。


(だから言ったんだ……)


 礼里もベンチで顔を青ざめさせていた。


(遊希をセカンドにしちゃ駄目だったのに……)


 六本遊希は、セカンドの守備位置で俯いていた。


 グローブを握る手が震えている。


 中学時代の記憶。


 あの時のエラー。


 責められた声。


 自分の居場所がなくなっていった感覚。


 それが、今の遊希を縛りつけていた。


 そして――。


 城南ヶ丘の監督がタイムをかけた。


 内野陣がマウンドへ集まっていく。


 ワンアウト、ランナー三塁一塁。


 スコアは3対9。


 まだ城南ヶ丘が大きくリードしている。


 だが、試合の流れは確実に変わり始めていた。


 ここが、勝敗の分岐点になろうとしていた。

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