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212/319

第212話 城南ヶ丘戦、綻び

 六回表。


 城南ヶ丘学園高校の守備交代が発表された。


 五回裏のクロスプレーで負傷したセカンド、坂口拓真に代わり、氷谷幹雄が入る。


 氷谷はレフトへ。


 そして――。


 レフトを守っていた六本遊希が、セカンドへ回ることになった。


 そのアナウンスが球場に響いた瞬間。


 城南ヶ丘ベンチで、桐原礼二の表情が変わった。


「監督」


 礼二はすぐに声を上げた。


「遊希はセカンドにトラウマがあります」


 その言葉に、礼里もすぐ反応した。


「監督、遊希をセカンドにするのは危険です」


 だが、城南ヶ丘の監督は表情を変えなかった。


「仕方ないだろう」


 監督は冷静に言う。


「坂口は負傷した。氷谷は外野しか出来ない。となると、今出場している中でセカンドを守れるのは六本しかいない」


 礼二は納得できなかった。


「ですが――」


 礼里も必死に言う。


「でも、遊希はセカンドを守れません。いっそのこと、遊希を交代させてください」


 その声には、焦りがあった。


 六本遊希がなぜ中学時代に苦しんだのか。


 なぜ東鶴間ではなく、城南ヶ丘へ来たのか。


 礼里は知っていた。


 だからこそ、今の采配が危険だと分かっていた。


 しかし監督は首を横に振る。


「そんなことを言っている場合ではない」


 そして、きっぱりと言った。


「六本は打てる。代えるのは無理だ」


 監督はグラウンドへ視線を向ける。


「六本。セカンドにつけ」


 その言葉に、六本遊希の肩がわずかに震えた。


「……はい」


 返事はした。


 だが、その声には明らかに不安が滲んでいた。


 遊希はゆっくりとセカンドの守備位置へ向かう。


 その背中を、礼二と礼里は見つめていた。


 礼二は唇を噛む。


(まずいな……)


 礼里も、胸の奥が冷えていくのを感じていた。


(駄目だ……)


 彼女の視線の先には、セカンドへ向かう遊希の姿がある。


(この試合……負けるかもしれない)


 さっきまで八点差でリードしていた。


 試合の流れは城南ヶ丘にあった。


 誰が見ても、城南ヶ丘が勝つ展開に見えていた。


 だが、礼里には分かっていた。


 野球は、たった一つの綻びから崩れることがある。


 そして今、その綻びが生まれてしまった。


 城南ヶ丘ナインが守備につく。


 マウンドには桐原礼二。


 ホームには若田部安高。


 そして、セカンドには六本遊希。


 球場の多くの人間は、この守備交代の意味をまだ知らなかった。


 だが――。


 桐原礼二と桐原礼里の嫌な予感が、やがて現実になることを。


 この時はまだ、誰も知らなかった。

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