第212話 城南ヶ丘戦、綻び
六回表。
城南ヶ丘学園高校の守備交代が発表された。
五回裏のクロスプレーで負傷したセカンド、坂口拓真に代わり、氷谷幹雄が入る。
氷谷はレフトへ。
そして――。
レフトを守っていた六本遊希が、セカンドへ回ることになった。
そのアナウンスが球場に響いた瞬間。
城南ヶ丘ベンチで、桐原礼二の表情が変わった。
「監督」
礼二はすぐに声を上げた。
「遊希はセカンドにトラウマがあります」
その言葉に、礼里もすぐ反応した。
「監督、遊希をセカンドにするのは危険です」
だが、城南ヶ丘の監督は表情を変えなかった。
「仕方ないだろう」
監督は冷静に言う。
「坂口は負傷した。氷谷は外野しか出来ない。となると、今出場している中でセカンドを守れるのは六本しかいない」
礼二は納得できなかった。
「ですが――」
礼里も必死に言う。
「でも、遊希はセカンドを守れません。いっそのこと、遊希を交代させてください」
その声には、焦りがあった。
六本遊希がなぜ中学時代に苦しんだのか。
なぜ東鶴間ではなく、城南ヶ丘へ来たのか。
礼里は知っていた。
だからこそ、今の采配が危険だと分かっていた。
しかし監督は首を横に振る。
「そんなことを言っている場合ではない」
そして、きっぱりと言った。
「六本は打てる。代えるのは無理だ」
監督はグラウンドへ視線を向ける。
「六本。セカンドにつけ」
その言葉に、六本遊希の肩がわずかに震えた。
「……はい」
返事はした。
だが、その声には明らかに不安が滲んでいた。
遊希はゆっくりとセカンドの守備位置へ向かう。
その背中を、礼二と礼里は見つめていた。
礼二は唇を噛む。
(まずいな……)
礼里も、胸の奥が冷えていくのを感じていた。
(駄目だ……)
彼女の視線の先には、セカンドへ向かう遊希の姿がある。
(この試合……負けるかもしれない)
さっきまで八点差でリードしていた。
試合の流れは城南ヶ丘にあった。
誰が見ても、城南ヶ丘が勝つ展開に見えていた。
だが、礼里には分かっていた。
野球は、たった一つの綻びから崩れることがある。
そして今、その綻びが生まれてしまった。
城南ヶ丘ナインが守備につく。
マウンドには桐原礼二。
ホームには若田部安高。
そして、セカンドには六本遊希。
球場の多くの人間は、この守備交代の意味をまだ知らなかった。
だが――。
桐原礼二と桐原礼里の嫌な予感が、やがて現実になることを。
この時はまだ、誰も知らなかった。




