第210話 城南ヶ丘戦、五回裏、前半
五回裏。
城南ヶ丘学園高校の攻撃。
東鶴間高校のマウンドには、二番手として夏目海が上がっていた。
左腕。
ノビのあるストレート。
田中三郎とは違うタイプの投手。
この交代で、流れを変えたい。
東鶴間ベンチは、そう願っていた。
だが――。
先頭打者は、九番・桐原礼二。
右打席へ入る礼二を見ながら、中山太郎はミットを構えた。
(海の直球なら……いける)
田中とは球質が違う。
初見なら、簡単には対応できないはずだった。
海の初球。
低めのストレート。
ミットへ向かって伸びてくる球。
だが、わずかに外れた。
「ボール!」
礼二はバットを構えたまま、静かに球筋を見ていた。
(……ストレートの伸びがいいのか)
二球目。
高めのストレート。
これもわずかに外れる。
「ボール!」
ツーボール。
中山は小さく息を吐く。
海の球に力はある。
だが、緊張もあるのか、制球が少し定まっていなかった。
礼二は冷静だった。
(確か……変化球は落ちる球だったな)
三球目。
内角低めのカーブ。
海が腕を振る。
だが――。
礼二はそれを待っていた。
鋭く引っ張る。
打球はレフト前へ飛んでいく。
ヒット。
ノーアウト、一塁。
中山は奥歯を噛んだ。
(いきなり……打つのかよ……)
桐原礼二。
投げても、打っても、試合の流れを渡さない。
まさに城南ヶ丘の中心だった。
一番、泉田陽一郎。
左打席へ入る泉田を見て、中山は警戒を強める。
セーフティバント。
盗塁。
長打。
すでに泉田は、何でもできる打者だと見せつけていた。
海の初球。
外角のストレート。
悪い球ではなかった。
しかし、泉田は逆らわない。
綺麗に流し打った。
打球は外野の間へ落ちる。
一塁ランナーの礼二は一気に三塁へ。
泉田も二塁へ到達した。
二塁打。
ノーアウト、ランナー三塁二塁。
東鶴間高校に、またしても大きなピンチが訪れた。
二番、坂口拓真。
右打席へ入る坂口を見て、中山は必死に考える。
(こいつは……バントだけだ)
初回も二回も、坂口は送りバントを決めていた。
つなぎ役。
バントでランナーを進める打者。
ならば、スクイズを警戒すればいい。
そう思った。
海の初球。
外角高めのストレート。
中山はスクイズに備えていた。
だが――。
坂口はバントの構えをしなかった。
そのままバットを振り抜く。
打球はライト前へ落ちた。
三塁ランナーの礼二がホームへ帰る。
城南ヶ丘、八点目。
スコアは1対8。
なおもノーアウト、ランナー三塁一塁。
中山は呆然とする。
(打てもするのかよ……)
また読みが外れた。
いや、城南ヶ丘がこちらの思い込みを狙ってきていた。
泉田は足だけではない。
坂口はバントだけではない。
礼二は投手だから打てないわけではない。
若田部は捕手なのに三番を打つ。
城南ヶ丘は、どの打者も一つの型には収まらなかった。
そして、三番・若田部安高。
右打席へ向かう若田部を見ながら、中山太郎はミットを握りしめた。
だが、頭の中は真っ白に近かった。
何を警戒すればいいのか。
どこに投げればいいのか。
どう守ればいいのか。
もう、分からなくなっていた。
捕手として、考えなければならない。
田中の次は、海を助けなければならない。
それなのに――。
(俺は……どうすればいいんだ……)
中山の心は、限界に近づいていた。
城南ヶ丘学園高校の攻撃は、まだ終わらない。
そしてこの回、東鶴間高校はさらに厳しい現実を突きつけられようとしていた。




